「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

いらずの猫 四

何の脈絡もなく出るより、「もうすぐ出ますよ」と早くからことわって、引っ張って引っ張って、しかる後にタイミングを見計らって出たほうが怖い。

いらずの猫 四

お化けはサプライズではないのですね。

だけど平和な日曜日の昼下がりの、家族揃ってのたこ焼きパーティーなんかに出るお化けにも魅力を感じてしまいます。

でもそうなるとやっぱり、オバQ系になっちゃうんだろうな‥‥

「続きを読む」でお話を読んでください。
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          二


 寝所(しんじょ)にはせんと町医者、二人だけの姿がありました。

何粒かの丸薬を口に含ませたあと、小半時ほど医者がせんの背をさすり続けると、ようやくその息使いは落ち着いてきました。

脈を取りながら、薄明かりに浮かび上がる部屋のようすを眺めて町医者が呟きました。

「妙じゃのう、あの娘子(むすめご)は何処へ行ったのか‥‥」
 町医者は点けたばかりのランプの炎を調整しました。

 きぬは隣の部屋の箪笥の陰に隠れ、息を潜めて寝所の様子をうかがっておりました。

 医者の家の戸板をがんがんと叩いて眠っていた医者をたたき起こし、明かりをつける間もないほどに急立(せきたて)て夜中の辻を走らせたために、医者は何が何やらわけも解らず、きぬの姿の妙な事には気がつきませんでしたが、初めての変化へんげは昼日中ひるひなかならおおよそ人を欺けるようなものではありませんでした。

 せんの具合が少し落ち着いてから、袖口から出る我が腕を見てきぬは驚きました。自分では上手く人に化けたつもりでしたが、白い毛に覆われた手の甲といい指先のくるりと丸まる様といいそれは猫の足先そのものです。そして顔に手をやると額や頬に毛こそは生えていませんでしたが、鼻の下にははっしと張り出す硬い髭。

医者がランプに手を伸ばしたのを見て、きぬは一飛びに隣の部屋に逃げ込んだのです。

「おーい、娘さんはどちらかのう」

 町医者が探しています。しかしこの姿ではランプの灯る部屋に戻るわけには行かず、きぬはなおのこと息を潜めました。

「この人の熱がまだ高いでのう、後の事で話しておかねばならぬ事があるのじゃ」

 とにかく返事だけはせねばと思いました。
 ところが気持ちに動揺が残っていたのかにゃっと声が漏れかけました。
 それをぐっとこらえて、娘らしきようにと声色をつくると調子が外れ、気味悪いような声が大きくが響きました。

「あい、あい、あーい。お医者殿。お声は聞こえておりまする」
 大きなものが背筋を這い上がったように町医者は身を震わせました。

 病人が居るのだから確かに仕事には違いないが、なんとも薄気味の悪いところに来てしまったものかと医者は後悔し始めていました。

 しばらくしてから、医者の震えるようなか細い声が聞こえました。

「娘さんよ、こ、こちらに来てはもらえんかのう、看病の仕方を教えて差し上げるで‥‥」

「今は‥‥今は少々わけあって、そちらにに行くことはできません。しかしながらどうしてもとおしゃるなら、風呂敷など被って参りますが、決して顔だけは覗かずにおいて頂けましょうか‥‥」
 二度目に出したきぬの声は何となく喉が詰まったような感じになって、渋紙をもみ合わしたような奇妙なしゃがれ声になりました。

 先程と同じようなものがまた医者の背筋を駆け登りました。
 ただ事ではない怪しの気配が襖を隔てた闇の中より立ち上っていることは、迷信の類などをいつも笑い飛ばしている医者にも、ひしひしと感じられたのです。

「け、結構。儂わしの声が聞こえるのなら、結構じゃ。御事情あらば不便はおかけいたぬ‥‥さ、さればそこでよっくお聞きくだされ」
 医者は返事を聞くのも嫌なのか、間を空けずに続けました
「まだのう、熱が高いでのう、も、もしかするとここ数日のうち、この人は眼が覚めぬかも知れん。じゃがそれは薬の効き目もあってのこと、心配はござらぬ。しかし水は大事じゃで、日に何度かは手ぬぐいを湿らせて、口に含ませるようにしてやりなさい。峠は既に越えておるゆえ、それだけで身中(しんちゅう)に再び気が満ちれば自然に眼は覚めよう。そしてその後はこれ、ここに薬を置いてゆくで、日に一度一袋を湯で煎じて飲ませなされ、それから‥‥いや‥‥ま、まま、後は養生じゃ、そう養生養生、養生あるだけじゃ‥‥」
 話しの最後は妙な早口で、医者はすでに腰を上げているようすでした。

 きぬはもう少し養生の方法について詳しく聞きたくも思いましたが、人も猫も養生にそれほどの違いはあるまいと思い直しました。それより用が済んだなら、町医者には一刻も早くこの場を立ち去ってもらうほうがよいと考えました。
 そしてその思いは町医者とて同じで、夢にも見ないようなこの気味の悪い家から、一刻も早く逃げ出す事だけを考えておりました。

 医者ときぬの声が重なりました。

「し、しからば儂は帰るでお大事に‥‥」「まこと御苦労さまぁ‥‥」

 ばたばたと薬篭(やくろう)をたたむ音がし、そのすぐ後にどすどすと縁側を歩く足音が響き、踏み石の上でさりさりと草履を履く音。

 医者が帰るのを見届けようときぬが襖ふすまの間から顔を出しました。
 折悪(おりあし)くそれと調子を合わせたかのように、あ、やっと声を上げ医者が振り向きました。

「薬料(やくりょう)、お‥ば‥‥」

 町医者ときぬの目が合いました。

 金とも緑ともつかぬ色にぎらりと輝く丸くて大きな目玉、その中にはランプの光を受けて細く三日月のように尖った瞳。

 きぬの眼は猫そのままでした。

 町医者はゆっくりと目を閉じると、もう一度むこうに向き直り「いや、薬料など要らぬゆえ、お大事に」と寝言のように頼りなくつぶやくと、栗が弾けたような勢いで駆け出しました。
 そして二度三度、桶(おけ)や竹篭(たけかご)をひっくり返すけたたましい音を立てながら、足音は遠ざかってゆきました。

「心ならずも驚かせというに、親切な医者で良かった」

 森羅万象、あらゆる事象に知恵の巡るきぬでしたが、いまだ人の心情には疎く、町医者の被(こおむっ)たその夜の理不尽さには思いが到りませんでした。
 しかしこの一件が騒ぎにならぬであろうことは、きぬには解っておりました。
 知恵あるものは心底恐ろしい思いをすると、それを軽々しく思い出したり、人に話したりはせにものだということを良く知っていたからです。


 町医者が帰ってから後のきぬの看病はつと細やかなものでした。
 その姿形こそは猫娘としか云いようのない奇怪なものでしたが、今だ目覚めぬせんの枕元にじっと付き従うさまは、遠目に見れば人の親子の情足りた姿より他には見えませんでした。

 せんが汗を浮かべれば障子を開け風を入れ、口を動かせば度毎(たびごと)に冷水で濯いだ手拭いを含ませ、顔を拭き背を撫で、足、腕を揉み解す。
 その繰り返しにきぬは不思議な幸せを感じずにいられませんでした。
 きぬは仔を為すことなく年老いた猫でありました。
 育てるとはこんな事かも知れぬ、そう思いましたが、ただ『嬉しい』という気持ちは事の大事を考えると、決して抱いてはならないと感じていました。


つづく

コメント

こんにちは、お久しぶりです。
コメントはたまにしか書かないけど、
いつも拝見してます。
がんばってくださいね。

お久しぶりです

お久しぶりです☆
相変わらず作品の世界観がしっかりしていますね。猫が一生懸命看病している場面を想像して、思わずクスっと笑みがこぼれそうになりました。
また遊びに来ます。

ごめんなさい。
またしばらくブログをほったらかしにしていました。

福さん

色々ほかの事にかまけて、また更新していませんでした。
今日からまた再開しますので、どうかよろしく。
ずっと見ていただけてたなんて、ほんとうに嬉しいです。

渋谷ナオさん

止まりっぱなしですみません。
お話しはとっくに完結しているのですから、どんどん載せればいいのに、やる気の無いときはそれさえ出来ません。
なんとか再開しますので、どうかよろしく。

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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