「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

いらずの猫 三

調べものをするのにインターネットがこんなにも便利なものなのだという事を、昨夜初めて知りました。

入らずの猫003

ネットを使い出して九年にもなるのですが、最初の頃に検索をしてみて「こりゃ使い物にならんわ」と諦めて以来、昨日まで本格的な検索利用をしてみようと思ってなかったんです。

実は吉野の鉄道の明治期の様子が知りたかったのですが、鉄道ファンの記載にかける情熱はまさに感動的で、わずか1時間ほどで、かなりのところまで知ることが出来ました。

いやあ、すごいです。
素晴らしいです。
感謝です。

時代遅れも甚だしい自分に呆れてしまいました。

「続きを読む」でお話を読んでください。
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 その夜のことでした。
 踏み石の上で月を見ていたきぬは聞き慣れない唸り声に気が付きました。
 それは微(かすか)なものでしたが、せんの寝間より聞こえていました。

 座敷に近付き前足で障子を開くと、その場の気配がいつもとは全く違っておりました。
 足踏み込むと、人ほどの大きさの黒い影がせんの足元に居るのが見えました。

「‥‥もうよい、もうよいのだぞ‥‥」

 心に直接響きかけるような声でした。
 その声が苦しげな唸り声を上げるせんに向けられていました。

 きぬはその怪しい影を睨みつけました。
「‥‥もうよいのだ、さあ、来るが良い‥‥」
 きぬにはすぐに影の正体が分かりました。

 それは生き物の最後を看取る天地の理(ことわり)。
 人の世に云う死神です。

 しかしせんの元にこのようなものが訪れるのは、どう考えても早すぎると思えました。

 きぬの気配を察したのか、ゆらりと影が蠢うごめきました。

「‥‥私の姿が見え‥‥私の声が聞こえる者が居おるのか‥‥」
 影の一部ががふわりと伸びると、きぬの身体に触れました。

「‥‥ほう、珍しい。猫の悟りか‥‥だが今は大切な仕事の途中、しばらくそこに控えておれ‥‥」

 影の気配が再びせんに向けられました。

‥‥取らせぬ‥‥
 きぬの気持ちが声になって死神に届きました。

「‥‥取るのではない‥‥それは其方(そなた)にもよく解って居おろうに‥‥」

 影は寝所の闇を集めて小さく固まって行くように見えました。
 きぬは今にも飛びかからんばかりに身構えました。

‥‥我が主の身には今だもって充分な気力。病とてその命を奪うほどには膨ふくれてはおらねば、あと半年、いや十月ばかりは安泰のはず‥‥

 きぬの考えを読んで死神が云いました。
「‥‥おかしなことを‥‥それが其方の見立てなのか‥‥しかし生き物の寿命は須すべからく天地自然の流れの中で定まることは、其方も悟りならば良く判っているはず。そして私はその天命に従い遣われしものなれば、何も慌てる事などない‥‥」

 影は小さく固まると一匹の黒猫の姿になりました。
「‥‥つまりは、私の現れた時、それがその者の寿命‥‥」
 見定めるべき姿を得て、睨み付けるきぬの目に一層の力がこもりました。

「厳しく風雪に晒されることがあったなら頑強な者といえども慮外の最後を迎えることがありましょう。しかし此処は常よりの暖かな寝所、いまだ生きる気力のあるものが何で頓死に到ろうか‥‥どう考えても今日が寿命とは思えぬ‥‥何かの間違いではないのか」

 黒猫がふうと息をつきました。

「‥‥はてさて、何故それほど期日にこだわるのか。この者の寿命が間もなく尽きることは其方にも良く解っていよう‥‥」
 きぬの前に進むと、黒猫は腰を下ろしました。

「‥‥病とて其方の例えた風雪に同じ事。病の元がそれほどに進んでおらぬでも、時として勢いが高まり激しく吹き荒れることもある。この者の今の具合がまさにそう、僅かに残る生きる気力ではそれには抗あらがえぬ‥‥こうしたときに充分な手当でもすれば、わずかに命を永らえることもあろうが、ここに居るのは猫の其方だけ。これではもう、どうすることもできまい‥‥」
 きぬは俯(うつむ)き自分の足先を見つめました。

 一瞬、嗤(わら)ったように姿を歪めた黒猫が云いました。
「‥‥なんと、そなたが猫又となって、人になりすまし、医者を呼びに行こうと考えるのか‥‥」

 しばらく俯いていたきぬはやがて顔を上げると、目の前の黒猫を睨みつけました。
 その目の中には何者も居らず、ただ底知れぬ闇が広がっていました。

‥‥主人をそんな所には連れて行かさぬ‥‥
 黒猫の姿がまた歪みました。

「‥‥しかし猫又なぞにはならずにおこうと決めていたのではないのか。そうなったとすれば千年ばかりを生きねばならず、これまでの幸福な生涯も薄れ果て消え去り、ただ侘びしいばかりとなるのだろう。それにこの者があとわずかばかりの余命を得たとて、何一つ良いものを手にすることなど叶わぬと、それもこれもよくよく解っておるのに…」

 せんの苦しげな唸り声が長く尾を引くように聞こえました。

「‥‥何も取り乱すことなどないではないか、今夜、私がこの魂を連れて行くというのは、露ほどの曇りもない正しいことなのだ‥‥」
 きぬの毛が風をはらんだように膨らみました。

‥‥死神なぞには解るまい‥‥

 きぬはひょいと後脚で立ち上がると前脚で空(くう)を掴みました。

‥‥生きるものには堪ええぬ事があるのだ‥‥

 黒猫が慌てました。
「そんな心根で猫又になってはならぬ、迷うてしまうぞ」
 きぬの姿が僅わずかに震えたかと見えると、泡立つような光に包まれました。
「年の暮れにはお前の寿命も尽きるのだ、ほんの少しの辛抱ではないか」
 もはや死神の声はきぬには聞こえていませんでした。

 寝間ににわずかに揺らぐほの明かりがきぬの身体へと吸い寄せられて、光の粒は激しくぶつかり合い、青白く燃え上がり、やがて部屋いっぱいに膨らんだ光は弾けて、水琴のような調べを奏でました。

 黒猫は低く身構えて、その衝撃を遣り過しました。
 光の中にやがて小袖姿の娘が現れました。
 そしてもはや死神には目もくれず、両手を畳につけると猫そのものの身のこなしで障子を開くと、蹴飛ばされた鞠のような勢いで駆け出してゆきました。

 その後ろ姿に見えるのは猫又の印、夜目にも白々とした二本の尾。

「何とも浅はかな‥‥あれでは悟入(ごにゅう)せぬよりなお悪い‥‥」
 黒猫は二三度顔を振ると元の霧のような影に戻り、やがてその場から消えてゆきました。

「入いらずよのう…‥」

 置き忘れられたように、死神の声だけが響きました。



つづく

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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