いらずの猫 二
猫の時間は不思議です。

人間よりずっと短い寿命でありながら、何だか時間を持て余している。
特別な何かを待っているのだろうかと思って、結構観察してみるのですが、なかなか。
猫は謎を容易に解かせてはくれません。
「続きを読む」でお話を読んでください。
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せんには胸の患いがありました。
近所の人達が猫のきぬの事を悪く噂していたのは、あながち間違いではありませんでした。猫は長生きをすると化けるという言い伝えは、この猫の身の上で実際に起こっていたからです。
猫と云うものは人よりもなお考えの深い生き物です。
それが野にあるときならばその考えの深さは我が身を生かす知恵として働いて、ただ自然の理(ことわり)のままに生きて死んでゆくのですが、人に飼われるとなると生き物としての身過ぎ世過ぎの心配がなくなります。
自分で餌を捕るという仕事がなくなれば、あとはひたすらに考え、もの想うばかりの日々。
十年十五年と長く生きた飼い猫は人に例えると高徳の僧侶のようなもので、この世の中の大抵の事が解ってしまうのです。
そしてさらに生き続けると、やがては人間が生涯考えてもとんと解らない寿命の謎や、それを越えて永らえる命というものにさえ考えが及ぶのです。
きぬの知恵は既にして、まさしく其処にまで到っておりました。
猫又となり不死の命、変化へんげの技を手に入れることはたやすいことでした。
しかしきぬはそれを行おうとは考えていませんでした。もう充分、幸福に生きたという、満足感があったからです。
そんなきぬには我が飼い主の寿命もよく解っておりました。
大過(たいか)なく過ごして後、十月(とつき)。
しかしそれは自分の余命に殆(ほとんど)同じと思え、きぬはその巡り合有難さを日々感じずには居れないのでした。
「さて、お魚はいくつ残っているのかねえ」
縫い物を脇に置くと首筋を伸ばしながらせんがゆっくりと立ち上がりました。
まだ陽は傾き始めたばかりですが、いつもの通りの夕餉(ゆうげ)の支度です。
台所の置竃(おきべっつい)の上には木の蓋をきっちり乗せた鉄鍋がありました。
中には夕餉のおかずにしようと朝のうちに煮付けた鰯が入っていました。
「残りはみっつだ。違うかな‥‥」
五匹と数えて煮付けた鰯が、蓋を取ると三匹。
きぬが二匹を食べたのでしょう。
いつも通りのことではありましたが、せんはほほと笑いました。
そして勝手口に目をやると、いつものようにそこにひかえていたきぬと目が合いました。
「かしこいかしこい、それにいちばん大きいのは残してくれたね」
魚を取った後きちんと蓋を戻してあったことをせんは褒めているのでした。
せんは猫の行いを咎(とがめ)立てる事はありませんでした。
それどころか子猫の頃にきぬが仕出かした様々な粗相や不始末を見ては、手を打って喜んでおりました。
そうして叱らずにやりたいようにさせていると猫の勝手気侭きままに見える行いとて、実に良く分がわきまえられている事が判りました。
今のように鍋から魚を取るにしてもみなまで食べてしまう事は決してありませんでしたし、柱などを掻くにしても目立たぬところを選んでいるように思えました。
「蝿が来るからね、魚を取るのはいいけれど後は蓋を戻しておいておくれよ」
何時の頃にか、きぬにそう云ったことが有りました。
するとその次の日からはまるで子供が聞き分けたように自分で開けた鍋の蓋や棚の戸をきっちりと閉じるようになったのです。
感心したせんは買い物の折りなどにそれを人に話してみましたが皆は顔を顰(しかめ)て気味悪がるばかり。それ以来せんがきぬのことを他人に話すことは無くなりましたが、常よりいつかは自分の猫の賢さを他の人にも褒められたいと思っておりました。
箱膳(はこぜん)の上には煮魚に菜種(なたね)の漬物、椀の中には青菜の塩汁。
せんの夕餉はいつもと変りなく、きぬは箱膳の前に座って、別段何かを欲しがる様子もなくその手元を見つめていました。
やがて食事が大方終わろうかとしたとき、箸先からほぐした鰯の身がぽろりと落ちました。
きぬが驚いて見上げるとせんはにこにことして云いました。
「あれまあ、これはきぬに片づけて貰わないとねえ」
それがお相伴(しょうばん)の取り分であることはすぐに判りましたが、きぬはせんの顔を見つめていました。ほんのひと息の事でしたが箸先の動きに妙な乱れがあったのです。
沸き上がる胸騒ぎを押さえてきぬはその身を食べました。
つづく

人間よりずっと短い寿命でありながら、何だか時間を持て余している。
特別な何かを待っているのだろうかと思って、結構観察してみるのですが、なかなか。
猫は謎を容易に解かせてはくれません。
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せんには胸の患いがありました。
近所の人達が猫のきぬの事を悪く噂していたのは、あながち間違いではありませんでした。猫は長生きをすると化けるという言い伝えは、この猫の身の上で実際に起こっていたからです。
猫と云うものは人よりもなお考えの深い生き物です。
それが野にあるときならばその考えの深さは我が身を生かす知恵として働いて、ただ自然の理(ことわり)のままに生きて死んでゆくのですが、人に飼われるとなると生き物としての身過ぎ世過ぎの心配がなくなります。
自分で餌を捕るという仕事がなくなれば、あとはひたすらに考え、もの想うばかりの日々。
十年十五年と長く生きた飼い猫は人に例えると高徳の僧侶のようなもので、この世の中の大抵の事が解ってしまうのです。
そしてさらに生き続けると、やがては人間が生涯考えてもとんと解らない寿命の謎や、それを越えて永らえる命というものにさえ考えが及ぶのです。
きぬの知恵は既にして、まさしく其処にまで到っておりました。
猫又となり不死の命、変化へんげの技を手に入れることはたやすいことでした。
しかしきぬはそれを行おうとは考えていませんでした。もう充分、幸福に生きたという、満足感があったからです。
そんなきぬには我が飼い主の寿命もよく解っておりました。
大過(たいか)なく過ごして後、十月(とつき)。
しかしそれは自分の余命に殆(ほとんど)同じと思え、きぬはその巡り合有難さを日々感じずには居れないのでした。
「さて、お魚はいくつ残っているのかねえ」
縫い物を脇に置くと首筋を伸ばしながらせんがゆっくりと立ち上がりました。
まだ陽は傾き始めたばかりですが、いつもの通りの夕餉(ゆうげ)の支度です。
台所の置竃(おきべっつい)の上には木の蓋をきっちり乗せた鉄鍋がありました。
中には夕餉のおかずにしようと朝のうちに煮付けた鰯が入っていました。
「残りはみっつだ。違うかな‥‥」
五匹と数えて煮付けた鰯が、蓋を取ると三匹。
きぬが二匹を食べたのでしょう。
いつも通りのことではありましたが、せんはほほと笑いました。
そして勝手口に目をやると、いつものようにそこにひかえていたきぬと目が合いました。
「かしこいかしこい、それにいちばん大きいのは残してくれたね」
魚を取った後きちんと蓋を戻してあったことをせんは褒めているのでした。
せんは猫の行いを咎(とがめ)立てる事はありませんでした。
それどころか子猫の頃にきぬが仕出かした様々な粗相や不始末を見ては、手を打って喜んでおりました。
そうして叱らずにやりたいようにさせていると猫の勝手気侭きままに見える行いとて、実に良く分がわきまえられている事が判りました。
今のように鍋から魚を取るにしてもみなまで食べてしまう事は決してありませんでしたし、柱などを掻くにしても目立たぬところを選んでいるように思えました。
「蝿が来るからね、魚を取るのはいいけれど後は蓋を戻しておいておくれよ」
何時の頃にか、きぬにそう云ったことが有りました。
するとその次の日からはまるで子供が聞き分けたように自分で開けた鍋の蓋や棚の戸をきっちりと閉じるようになったのです。
感心したせんは買い物の折りなどにそれを人に話してみましたが皆は顔を顰(しかめ)て気味悪がるばかり。それ以来せんがきぬのことを他人に話すことは無くなりましたが、常よりいつかは自分の猫の賢さを他の人にも褒められたいと思っておりました。
箱膳(はこぜん)の上には煮魚に菜種(なたね)の漬物、椀の中には青菜の塩汁。
せんの夕餉はいつもと変りなく、きぬは箱膳の前に座って、別段何かを欲しがる様子もなくその手元を見つめていました。
やがて食事が大方終わろうかとしたとき、箸先からほぐした鰯の身がぽろりと落ちました。
きぬが驚いて見上げるとせんはにこにことして云いました。
「あれまあ、これはきぬに片づけて貰わないとねえ」
それがお相伴(しょうばん)の取り分であることはすぐに判りましたが、きぬはせんの顔を見つめていました。ほんのひと息の事でしたが箸先の動きに妙な乱れがあったのです。
沸き上がる胸騒ぎを押さえてきぬはその身を食べました。
つづく
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