「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

河童の質流れ 五 (終章)

ようやく再開第一話がまとまりました。

河童005

妖怪は好きだけどやっぱり怖いです。
してはいけないタイプの恋愛のようです。


「続きを読む」でお話を読んでください。
作品一覧はじめての方へ
各号へは下のリンクをお使いくださいませ。
「河童の質流れ 一」
「河童の質流れ 二」
「河童の質流れ 三」
「河童の質流れ 四」
「河童の質流れ 五 (終章)」


 子河童は主人の腕の中ですやすやと眠っておりました。
 店主はその寝顔を見るうち子河童が無性に可哀想になってきました。

「親に、捨てられてしもうたか」

 質屋の主人は床の間から文箱(ふばこ)を取ると墨を摺り始めました。
 いよいよ我が子となったこの子に名前を付けようと主人は考えていました。

 半紙を広げ筆に墨を付け、しかしそこではたと思い留まりました。
 着物や履物は男の子のものを設えてきましたが、さて名前を付けるとなるとこの子が男なのか女なのか定かなことが解りません。
 あらためて考えてみれば河童のことなど何も解らないのです。

 しばらく考えたあと店主は半紙に大きく『亀』と書きました。
 この店の名を付けることとしたのです。
 自分にとっていちばん大切なものの名前、それこそがこの子にはふさわしいと思えました。 それにこれなら男でも女でもそれほど変わった名というわけではないように思えました。

 この子の名前がこれならば、店の名はいっそ河童屋に代えようか。
 そう考えると可笑しくなってきました。

 その時、表の戸を叩く音がしました。

 お客にしては少し早いが今日は目出度い日だ。
 早明けとしようか。

 そう思い店主は店に降り、戸を大きく開け放ちました。
 眩しさに目が眩みます。
 夜半から雪が降ったのでしょう。
 一面の銀世界でした。

 その光の中に、やつれ果てた姿の親河童が立っていました。

「お金を、お金を持って参りました。お借りしたお金をここに確かに持って参りました」

 店主は驚いて店の中へと後ずさりました。
 そして逃げ込むように帳場に入ると煙管(きせる)を銜(くわえ)るふりをしながら息を整えました。

‥‥迎えに来た、親が来た、しかし、しかし今日はもう月替わり。質は、質は流れたのだ‥‥

 店主はようようのことで気持ちを取り直しました。

「ど、どうぞ、お入りになって」
 店主は表の河童に声をかけました。
 そして親の河童が店の敷居を跨ぐなり言い放ちました。

「残念ながら本日はもう月替わり、質は流れてございます」

「それは…」

 覚えのある娘のような声、しかしどこかがらがらと引きずるような響きが混じっておりました。

「それは何かのお間違い、本日はまだ、約束の月の内」
 親の河童が勢い込んで云いました。

「何をおっしゃいますか、明治となってよりこちら暦が変わってからというのもの、二月の晦(つごもり)は二十と八日、その次に陽が昇れば三月の一日と決まっておりますでね。まさかご存じなかったか‥‥」

 ところがそこまで云った店主の身に、思いがけず震えが来ました。

 慌てて暦を取り出すと、二月の段を見ます。
 そこにあったのは二月二十九日の升目。
 それは新しい暦の閏(うるう)の日。

 一日も早く二月の過ぎることを願っていた店主の頭からすっぽりと抜け落ちていた、二月に残ったあと一日であったのです。

「むう」
 質屋の店主が唸りました。

「早く、早く子供に会わせてくださいませ」

 こうなった時にどういう事を云うはずだったか、店主はかねてから用意の台詞を胸の内に繰くろうとしましたが、ただあわあわと口が動くばかりでした。

 その時足下でかたりと音がしました。
 気が付くと寝ていたはずの子河童が帳場の隅におりました。
 店主は慌てて取り押さえようとしましたが、するりとその手をすり抜けて、とことこ歩くと子の河童は店先へと降りました。

 親の河童は自分の子の姿をじっと見つめておりました。

「約束は、約束は守られていなかったのでございますね」

 河童の声はこれまでに聞いたどの調子とも違っていました。

「あれほどに、あれほどに我が子に関わってくれるなとお願いしたのにこの姿。人のものを食べさせ、人の着物を着せて、人のように育てたのでございますね、そして聞かずとも解ります、すでに人の名までつけられているのでありましょう」
 河童の声はもう声ではなく身体の芯に直(じか)に響きかけるようでありました。

「まつたく、人は皆優しい。それは何とも恐ろしい」

 河童の姿がゆらりと揺れて、二倍ほどに大きくなったように見えました。
 質屋の店主の腰が座ったままその場で抜けました。

「主人は助かりませんでした。薬は効かなかったのでございます。薬種問屋で受け取った薬には他の薬草が混ぜ込まれていたのです。何しろ高価な買い物。そこで問屋の御主人が傷に殊更良く効くようにと秘伝の調合をしてくださったのですが、運悪くその中の何かが河童にとっては毒であったのでしょう、日を置かず夫は亡くなりました。知らせを聞いてお医者様のところに駆けつけました。ですが主人の亡きがらに逢わせてはもらえませんでした。大切な自分の患者をみすみす死なせてしまった罪を恥じ、以後二度とこのような間違いを冒さぬようにと、主人の亡きがらを切り刻み、救えなかったそのわけをお調べになったので御座います。まったくに真摯しんしな慈愛の心。しかしながら死んだ河童は海に流せばやがては我が子、我が孫として生まれ変わるのでございます。それを手のひらほどの大きさに刻まれてしまっては、未来永劫生まれ変わりは叶いません。しかしそれでも、その亡きがらをせめては川に戻そうと、栖(すみか)であった川の辺(ほとり)へと参りますれば、あたりの景色はすっかり変わっておりました。河童が罠にかかってしまったのは葦が茂って見通しが悪かったせいだから、以後こんな不幸が起こらぬようにと、川漁師方が河原をすっかり焼き払われたのでございます。その心遣いの深さには至り入る思い。ですが葦が無くてはその場所に河童が暮らすことはできないのです。仲間の河童もすべて、その火に焼かれたか、流れ流れて海に落ちたか‥‥‥‥そして本日、ここに訪ねてみれば、ただ一つ残された頼みの我が子は既に人の装束、人の振る舞い。蔵に置かれた我が子を不憫に思うてさぞや大事に慈しんで下さったのでしょう。しかしもう、この子は我が子であって我が子でない、親子の縁えにしは切れてしまっているので御座います。人と交わるなと云われた私どもの云い伝え、その意味が、今こそ骨身に染みてわかりました‥‥しかしながら何もかも、真実、ただ私たちのことを思いやり、善かれと考えされたことならば、恨む筋合いではないのでしょう‥‥‥‥ただ、ただもう、河童の身である私には恐ろしゅうございます‥‥」

 胸のつまりを血を吐くような勢いで話し終えると、河童の姿がもとの大きさに縮んだように見えました。

 子供の河童はそんな母親の手を取ろうとしましたが、まるで影を掴もうとするかのようにするりするりとすり抜けます。

 もとの河童に戻ったのを見た質屋の店主がやっとの思いで口を開きました。

「そ、それでも、切り取りなすった左腕は、も、元に戻ったのでございますね」

 親の河童が店主の顔をじっと見つめて云いました。

「今日まで私が働いていた川浚(かわざら)いの親方からは片手の河童と呼ばれておりました。恐らく河童のことだから、私の腕は元に戻っている筈だと貴方が思っていたからそのように見えるのでございましょうね。不思議なことです。しかしそれがなぜだかお解りになりますか」

 質屋の主人はただ首を横に振りました。

「川浚いの親方が仕事の合間によく私に云いました。この世の中に河童など本当はいやしないんだと。俺が河童がいれば便利でいいなと思ったからお前さんが現れたんだ、居なくなっちまえと思えばすぐさま消えて無くなるんだと。私はそれを聞いて、本当にその通りではないか
と思いました。こうして人の世に長く居ると、あの河童の世界での様々が夢の中の出来事のように思えてくるのです。本当のところ、私など姿形すら無いものなのかも知れません」

 河童は初めてこの店に来たときのように弱々しく息を吐いたりはせず、心底に響くような声で語り続けました。

「有るともなく無いともない、所詮河童はそんな具合のものですから一度人と深くかかわってしまったら、人の手を持ってしか永らえることが出来ないものなのでございます」

 親に抱きつこうとした子供の河童がその体をすり抜けました。

「この子はもう、河童としては生きられません。だからといって本当の人となることも叶わぬことでしょう」

 河童は端切れの包みを開くと皺だらけの札の束を框の上に並べました。

「この子の事はもう御主人にお任せするより仕方がありません。このお金はこの子を育てるための足しになとお使い下さい。川浚いの親方より私が盗んできたものでございます」

「そ、そんな、盗んだ金など……」
 質屋の店主は云いかけましたが河童の声に遮られました。
「親方はこうも云っておいででした。お前は俺の夢みたいなもんだから川の中からどんなお宝が出ても分け前なんぞはびた一文やらない、どうしても欲しけりゃ盗んで行け、夢が金持って逃げても、そいつはただ目が醒めたと云うことなんだと。それからもうひとつ、ただその時には利息に二十円ばかり余計に持って行け、良さそうな奴ほど信用できないものだから‥‥と」

 質屋の主人がかすれた声を振り絞るように云いました。

「そんな、質を取りながら金を、ましてや盗んだ金を受け取ったとあっては質屋の道理に悖(もと)りますゆえ‥‥」
 言い終わらぬうち河童が云いました。

「人の金など河童にとっては何の役にも立たぬもの。それに請け人に質を返さないのですから、とうに道理なんぞは通っていないではありませんか」

 どうしても親に触れることの出来ない子ガッパは、べそをかいたような顔でその足下あしもとに座り込んでおりました。
 そんな我が子を見つめながら親の河童が優しい娘の声で云いました。

「悲しいけれどお別れです。例えこの身が風に吹かれて消えたとて、お前のことは忘れません。どうかお前だけでもこの世にあり続けてちょうだいな」

 河童の子は親との約束を思い出したのか、体を硬くこわばらせて木の人形に姿を変えようとしましたが、ただ身に力が入るだけで、木の膚にはなりませんでした。

 親の河童はそんな子の頭を一つだけ撫でました。
 すると河童の皿は消えてなくなり人の子のように髪の毛が生えました。

「では、お別れです」

 河童は店の中を滑るように歩いて戸口を出ると、ふと立ち止まりました。
 そして表を向いたまま店の中に話しかけました。

「御主人、御主人にはその子はどんな子供に見えているのですか」

 質屋の主人は亀と名付けた子の顔を改めて見つめてから、云いました。

「まるで人の子と変りのない利発な顔をしております」

 河童の親は思い掛けなくひゃひゃと声を上げて笑いました。

「そうですかそう見えますか、私には河童らしく大きく裂けた口に立派な牙が生え始めているのがようく見えますのに」

 門先で振り向いた河童の顔は恐ろしいものでした。

「これから私の子は孝行息子にもなれば貴方を食らう魔物にも育ちます。すべては貴方の心がけ次第、努々(ゆめゆめ)心変わりなどなさらぬように」

 どうと風が起こり地吹雪が店の中にまで舞い込みました。
 親の河童の姿は消えておりました。

 店主はしばらく動けずにいましたが、ようやく震える足で立ち上がり戸口を閉めました。
 そして妙な気配に振り返った時、大きく裂けた亀の口がすっと窄(すぼむ)のが見えました。




 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥了

コメント

面白かったです♪

ホラーものは結構不思議な余韻が残りますよね
幻想と現実が入り混じってどっちが夢か幻か本当の姿を見失う
果たしてどっちが本物なのか・・・
そもそも河童自体の存在すら最後にはあやふやに思えてくる
う〜ん深い話だ

まあでも現実も夢幻と信長さんも言っていることだしw

今目に見えるもの生きていることを大事にしなさいと言う事なのでしょう

この話を拝見していて昔一時はまってしまった
都筑道夫さんの作品を思い出しました
読みたくなったのであとで書棚を探してみます♪

良く巷では、お化けや物の怪などは信じない人には見えなくて
(実際に見えていても脳で否認するのかどうかわかりませんが)
幼児子供のように素直な心の持ち主には見えると言います

うちの子も、乳飲児の時に
いっつも部屋角の空中を凝視してたりしました
あげくに壁に向かって笑ってたり
冷蔵庫に向かって喋ったり・・・
主人と「やっぱ何か見えるんだろw」と言ってたことを思い出します

前後不覚の変なコメントになってしまいました♪
また新作期待してます♪

じゅんでるさん、いつもほんとうにコメントありがとうございます。

この作品は7年ほども前に書いた作品の推敲書き直し版です。
以前読んでいただいた方の感想で、よく判らないというのがあったため、少しばかり説明的な部分を足したり、それでつまらなくなったかと思って物語の構造をちょっと複雑にしたりで、何だか変化球的な作品になってしまいました。
それがいいのか悪いのか自分ではよく判らないのですが、「おもしろかった」と言って頂けて一安心です。

「居るだか居ないだかわからない」
その感覚は妖怪の恐さを語る上でとても重要なポイントじゃないかと思います。
もし妖怪が誰の目にも明らかに存在するものであったなら、それは保護すべき生物の一種であったり、ともに地球に生きる愛すべき仲間達と言うことになってしまい、どうも具合の悪い事になりそうです。

今日からはじめた「いらずの猫」は河童ほどに儚くは無い、怪物的な妖怪です。
でもそれを怪獣ではなく妖怪として存在させるために必要な「何か」があるはずなのですが、果たしてそれが書けた否か、どうぞまた暖かい目で見守ってくださいませ。

面白かったですよー。
何度も急転する展開が楽しかったです。
子河童が、可愛かったり、怖かったり(笑)

それに、なんというか、自然と人間の関わり方を考えさせられちゃいました。
穏やかな語り口で、けっこうハードな話ですね。
親河童の長セリフ強烈ぅ^^

火群さんコメントほんとうにありがとうございます。

火群れさんにも楽しいと言ってもらえてすごく嬉しいです。
これを書きながら動物と妖怪の関連性についても考えていました。

南極やガラパゴスなど自然環境が厳しく守られている場所では、たとえ傷ついた野生動物を見つけても決して人が手を触れてはならないとされていますよね。ほんの僅かにでも人の手が入るとその場所の環境が、それを切っ掛けにどんな変化をしてしまうか解らないという理由だったと思うのですが、河童と人との間にもこの感覚を取り入れてみようと思いました。
人間が自然に対して、良かれと思っても自分の都合であっても、何かを仕掛けたからといって、すぐさま動物や環境が報復してくるわけではないのですが、相手が人と自然の隙間に生まれた妖怪だと、たぶん関わった人はただでは済まないだろうと思ったのです。

触れてはならないアンタッチャブルな存在を認めるということの奥底にあるのは、多分、敬意や畏敬の念、あるいは単なる恐怖であったりすると思います。

物語の中に込めたそんな思いが、少しでも伝わったかもと思わせて頂ける火群れさんのコメント、ほんとうに有難いです。

これからの更新もどうか長い目で見守ってくださいね。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kitazakisirohiko.blog103.fc2.com/tb.php/95-6619ce1d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | HOME | 
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ 専門学校

 

プロフィール

北崎白彦

Author:北崎白彦
長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
コメントご感想頂けるとたいへん嬉しいです。

祝祭日はお休みいたします。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ