「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

河童の質流れ 四

相容れない者同士、ならば並んで腰掛ける。

河童004

向かい合ってはいけないよ。
大事なものが壊れてしまうからね。

と、いう具合に酒場のカウンターは機能的です。


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「河童の質流れ 一」
「河童の質流れ 二」
「河童の質流れ 三」
「河童の質流れ 四」
「河童の質流れ 五 (終章)」


 それからふた月ほどが過ぎ、質屋のある地蔵の辻にも秋風が吹き抜けるようになりました。 質屋は河童の一件をお役人に届けることもなく、これまで通りの商いを続けていました。

 河童の人形は銀蔵の手前の棚に出して、蔵の扉を開くたびに見えるようにしました。その人形の顔を見るたびどうしたわけか和(なごやか)な気分になれるからです。
 近ごろでは知らず知らずのうちに手まで合わせるようになっている事に店主は気が付いていました。

 しかし風や陽に当てたわけでもないのに、近ごろ河童のつやつやとしていた顔や腹が何かしら、かさかさと乾いた感じになっていることが気になりました。

‥‥細工が悪いのだろうか‥‥

 最初は世間並みにその様にも思いましたが、だんだんそれが自分の扱いの悪さのためだと思えてくるようになりました。
 地蔵様ではありませんが、ある日ふと思い付いて、人形にキュウリを供えてみることにしました。
 ところが幾日かが過ぎてから銀臓の扉を開くと、供えてあったはずのキュウリが見当たりません。何処かに落ちたのかと思い探してみましたがやはり見つかりませんでした。

‥‥何しろ河童が置いて行った人形だからな、キュウリぐらいは食べるのやも知れん‥‥

 そう考えるとつい可笑しくなり、店主は一人ながらに笑いました。
 何時しか人形に対して言い知れない愛着心が湧きだしていた主人には、その不思議さも決して気味の悪いものとは映らなかったのです。

 それからまたひと月ばかりが過ぎたある日、キュウリを供えて扉を閉じたすぐ後に、仕舞い忘れた品のあることに気がつきました。
 まだ鍵をかける前でしたのでついと扉を開くと河童の人形と目が合いました。

 人形はキュウリを両手につかみ、今まさにかぶりつこうとしているところでした。

 途端、掛けられていた河童の術が解けて、あの夜の親河童とのやりとりが、主人の頭の中にまざまざと甦りました。

 目の前の人形。それは紛れもなく、あの夜、質のかたにと預かった河童の子だったのです。

 子ガッパはキュウリにかぶりつこうとした姿のまま動きを止めて、元の人形のふりをしていました。

 主人は思わず目の前の河童を抱き寄せました。

 それでも何とか木の人形の堅さを保とうとしていた子ガッパですが、人の力に負けたのか、それとも店主の胸元の暖かさに気が緩んだのか、やがてふにゃりとした生き物の体(てい)になりました。

「ふたつきもみつきも、飲まず食わずに辛抱しておったのか」

 主人の抱きしめる手に力がこもりすぎたのか、河童の子はくうと声を上げました。

「これはすまない、苛(いじ)めるつもりではないからな」

 主人は子ガッパを文机の上に座らせました。
 キュウリを握りしめたまま子ガッパはばつの悪そうな顔で主人の顔を見つめていましたが、やがて机に手をつきぺこりと頭を下げました。

「飲まず食わずではありません。これを頂いておりました」
 沢山の鈴を一度に振ったようなきらきらとした声がしました。

 主人の目からぽろぽろと涙が落ちました。

「そうかそうか、おまえさんは、口が利けるのか。ならばこそ余計に人形のふりなどしているのは辛かったであろう、そうと解っていたならば、たまに萎びたキュウリを食べさせる
だけなんぞという、ひもじい思いはさせんかったものを‥‥」

「河童でございますから、いくらでも辛抱できるのです」

 涙でくしゃくしゃになった目を大きく見開いて質屋の主人が云いました。

「何を云うやら、辛抱我慢に人と河童、何の違いがあろうことか。もうこれからは決して辛い思いはさせはしないよ」

「でもそれは、それは‥‥」

 子ガッパが何か云いかけましたがまたも主人に抱きかかえられ、続きを云う事は出来ませんでした。

 主人は親の河童との約束のことも思い出しはしましたが、不憫を不憫と思わず不人情を通せなどというのは、土台無茶苦茶な事なのだと決めつけました。


 それから間もなく、質屋の主人は河童の子供に着物を誂え、身体に合わせた座布団や草履を作らせました。河童の子は主人の言いつけを良く聞いて素直でありましたが、事があるたびに主人に何かを云おうとしました。

 しかしそれは何やら難しい事のようで、子供のつたない知恵では上手くは伝わらず、主人はそれを遠慮と取って気にも留めてはおりませんでした。


 そして年が明けました。
 質屋にとってそれは本当に良い正月になりました。

 我が店を持ったとは云え、いつもは一人で迎えていた年の初めの祝い事、そこに相伴する者が出来た嬉しさは、何事にも代えがたいものでした。
 仕出しを奮発して膳を並べ、餅もひと臼多くつき、普段は酒など呑まない主人が屠蘇を過ごして酔うてしまうほどでした。

 さらに良いことはそれだけではありませんでした。

 暮れの忙しさを子ガッパに手伝わせたことが町中(まちなか)で評判を呼び、河童の顔を一目見ようとする新しいお客がわんさと増え始めたのでありました。
 夕刻を過ぎても訪れるお客さんのために、店には舶来の大きなランプも買い込みました。

 そんな正月が過ぎてから主人は物思うことが多くなりました。
 親の河童が訪ねてきても、この子を手放す事などできないと思い始めたのです。
 一人暮らしで感じていた清々した気分も今となってはもうただ侘びしいだけ。
 たとえ百円という大金が戻らなくても、そんな事は今となってはどうでもいい事だと店主は考えました。

 半年の期限の内とは云え、年が明けても親の河童からは何の音沙汰もありません。
 このまま質が流れてくれればと思いましたが、別れ際のあのようすを思い出すと、決してそうはならない気がしました。

 そのうちに正月も晦日を過ぎ、遂には質の期限の月まわりとなりました。

 質屋の主人は訪ねてきた親を何と云ってあしらうか、そればかりを考えておりました。
 そして思いついたのが利息の事。
 あの時は利を取ることさえ忘れて貸し付けましたので、それについては河童に何も云ってません。

‥‥ならば利息のないことを理由に受け出しを断ろうか‥‥

 そんなさまざまを思ううち、遂に店主は自分の云った事も河童との約束も忘れ果て、揚げ句には自分の子供を質に入れる親などろくな親であるものかと、憎む気持ちさえ募らせはじめました。

 五日、十日、二十日と日が過ぎましたが、河童の親はやってきませんでした。

 そしていよいよ期限の月の晦(つごもり)。

 陽の落ちるのを待ちかねて質屋の主人は店を閉めると、決して表の物音を聞いてしまわぬよう、子供の河童を抱いて寝所で布団をかぶっておりました。

 しかしそうするほどに小さな物音は聞こえてしまい、眠ることなど到底出来ず、一晩中野良犬の声や屋根裏の鼠の立てる足音に身を縮み上がらせておりました。



          三


 結局、誰も質屋の戸を叩く者はなく、夜が明けました。


 つづく

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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