「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

河童の質流れ 三

いつも書いていた文頭の文章がどうにもうまく書けません。

河童003

根拠のない自信みたいなものが今はお出かけ中なんでしょうね。


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「河童の質流れ 一」
「河童の質流れ 二」
「河童の質流れ 三」
「河童の質流れ 四」
「河童の質流れ 五 (終章)」


「ご自分で…」

 引き絞るように店主の声が吐き出されました。

「それを‥‥それを切り落とされたのか‥‥手前に渡す質種しちぐさを作らんがために、我で我が身を‥‥」

 包みの中に入っていたのは河童の左の腕でありました。
 まだ切り落とされて間がないのか、目の前の河童の膚と同じように白く陶器のように輝いていました。
 陰になり見えなかった左の腕は、二の腕の中ほどからすっぱりと無くなっていて、その切り口はふきの葉のようなもので包まれていました。

「それほどに驚かれるようなことでしょうか。人が腕を落とすのと河童がそうするのは何か違うことのように思います‥‥ですが、やはりこれでは百円の質種にはなりませんでしょうか」

 店主はその問い掛けには応えずただじっと親の河童の顔を見ておりました。
そして葦の包みを取り上げて丁寧に包み直すと河童の前に置きました。

「残念ながらこれはお預かりすることの出来ぬ品です。どうか御持ち帰りください」

 これまで何かしら作り物めいていた河童の表情に明らかな気色が映りました。

「これより他の河童の持ち物といえば、もはやこの子をおいてより他にはありません。我が腕(かいな)であれば万が一の間違いで戻らぬことがあっても辛抱すれば済みましよう。ですが子を失っては親の生きる術はありません」

 店主は黙ったまま帳場に戻ると懐より鍵を取り出し、帳場の横の作り付けの銀蔵ぎんぐらの扉を開きました。
 中には質置きされた細工物や書画、反物の類が収められていました。
 店主はいくつかの品物を横に除けると、とその奥から鍵のついた小さな手文庫を手に取りました。

 そしてその手文庫を河童達の座る所へと運びました。

「さて、このような仕事をしている手前ではございますが、それでも百円といえば本当に大金でございます」

 質屋の店主はそう云いながら自分の首にかけた細い紐を手繰りました。
 その先には小さな鍵がつけられていました。
 それを手文庫に合わせるとかちりと小さな音がして蓋が開きました。

「私が持ち合わせておりますお金の種はこの箱にあるものですべて、恥ずかしながら今は僅か二百円少々よりございません。
 ここより百円を御貸しすれば、残るは半分。私は商人で御座いますからこのお金が則(すなわち)我が身そのもの、ならば半身をお預けするのも同じ事で御座います」

 質屋の主人は箱の中に手を入れると一円札の束を十数えて取り出すと袱紗の上に並べました。

「一円札十枚の束が十(とお)、これで百円で御座います」

 ぼんやりとその様子を眺める河童を主人は見据えました。

「質にはお子様を預かりましょう」

 河童の親は片手で我が子を強く引き自分の身の後ろへと隠そうとしましたが、腕を無くしていては自由が利かず、勢い余って二人は框に倒れ込みました。

「いやいや、なにも子供さんを取ってしまおうと云うのではないのです」

 店主は手を伸べると、二人を助け起こしてやりました。

「ただ、質の期限は半年と決まっております。半年を過ぎてお金をお返し頂けない時には質は流れてしまいます。つまりは半年のうちに百円の大金をつくり手前にお返し頂かなければならない。これはもう人にとっても大変な難事業でございます。ましてや河童であるあなた様が人のお金を稼ぐとなれば、それがどれほどに大変であるかは世事に疎い手前にさえ思い及ぶ所でございます。しかも質に自分の身を切ってまで入れようとされたがために、今や御不自由の身。せめてはお子だけでもお預かりしようというのが手前の心。いえ決してお預かりしたお子に不憫な思いはさせません。もちろんただ善(よ)かれと思うて云うのではありません。お金をお貸しし、大切なものを質に取る、それで商いとして私の面目も立つのです」

 河童の親は、ほうと息をつき細く呟くように云いました。

「人はまあ、何とも優しいものかと思います。まことにありがたい事。しかしながら万に一つの質流れ、その時、その時この子はどうなるのでございましょうか」

 店主はにっこりとして云いました。

「よしんばそうなればそれも何かの縁でございましょう。ならば手前が人の子にも負けぬよう立派に育て上げて差し上げましょう」

 河童は質屋の主人の口元を見つめながらその言葉を聞いておりました。
 子ガッパは大人しく俯うつむいておりました。

「どうしても、どうしても必要なお金。有難くも暖かいお申し出。これはもうお断りすることなど出来ぬ事でございましょう‥‥しかし‥‥」

 今度は河童が店主の目をしっかりと見据えました。

「お言葉通りこの子をお預けいたしましょう。ですが一つだけ必ずお守りいただきたい事がございます。私どもの言い伝えでは、河童は人と交わってはならぬものとされております。それゆえこの子のことは、決して不憫と思うて下さいませんようお願いしたいのです。ほかの質草と一緒に蔵の隅になと放り込んで、私がこの次訪れるその時まで忘れていて欲しいのです。私どもは河童でございますから、半年一年であれば飲まずとも食べずとも辛抱は出来ます。この子がそうしているならば、私も飲まず食わずに働きます。そうすることで、河童どうし親子であれば気脈はしんと通じるのです」

 親の河童は百円の金と質札を受け取ると、人がするのと変わらぬ具合に深く頭を垂れました。
 そして戸口を出るその時に、店の内へと振り返り質屋の主人と残す我が子を見つめました。
 子ガッパは親から何かを言い聞かされた風でもないのに、泣こうとしたり後を追うたりの
様子もなく、ただ行儀よく座っておりました。

 夜はすでに深々と更けていて、虫の声ももう聞こえてはおりませんでした。



          二


 高鳴きをするひよどりの声に質屋の店主は目を覚ましました。
 まだ明けてより間もない時刻でしたので店主は体を起こさず、障子に差した庭木の影にぼんやりと目を遊ばせていました。

「何とも不思議な夢を見た」
 誰に云うともなく呟きました。

「河童か…」

 横にしていた体を仰向けに向き変えると大きく伸びをしようとしました。
 しかし帯がやけにきつく着物が釣腕は十分に伸ばせませんでした。

「や、寝巻きに着替えず寝ていたか」

 万事にきっちりとした質屋の主人としてはそれは滅多にないことでした。
 半身を起こして着物の寝皺ねじわを調べます。

 その時、寝間ねまの横に置かれた手文庫が目に入りました。
 いつもは銀蔵に置いてあるはずの手文庫をどうしてこんな所に運んだのか‥‥
 少し考えかけましたが、昨夜床についた、その時のことがどうしても思い出せません。

「まさか、あれが‥‥」

 店主は慌てて首にかけた鍵を取り出し文庫の蓋を開くと箱の中を確かめました。
 箱の中には貸付の元金が百円…昨日二百円あったはずの金子が今朝は百円…

「夢ではなかった…」

 質屋の店主はしりもちをついた格好でへたり込み、箱の中を睨みました。

「河童の客が訪れて、百円を借り出して行ったというのか‥‥」

 明るい朝の寝所では昨夜の出来事がどうしても本当の事とは信じられませんでした。

 昨夜の事を思いだそうと気が焦ります。

 河童の亭主が網に掛かって大怪我をして‥‥
 それを助けた親切な漁師‥‥
 親切な医者‥‥
 親切な薬種問屋‥‥

 ‥‥はたしてこの世の中、見ず知らずの、しかも河童を助ける、そんなにも親切な人間ばかりだろうか‥‥

‥‥いや、それよりも何よりも、自分はその河童に百円もの大金を貸し付けたのだ。質屋としてよい仕事をしてゆきたいと、かねがね思っている自分であってもそんなに不確かな貸付けを、常ならば絶対にしないはず‥‥

 店主は思いを巡らせますが、第一にして質に取ったものが何だったのか、それがどうしても思い出せません。

‥‥何かがおかしい‥‥

質屋の主人はそう思いました。

 そして考えれば考えるほど昨夜の出来事が何か作り事のように思えてくるのです。

‥‥傀儡師(かいらいし)‥‥

 前の御棚の出入りの植木職人が話していた、嘘とも誠ともつかない妙な話を思い出しました。
 木で作った人形をまるで生きているように操る人形使いの名人がいて、それで人を惑わせて色々悪事を働くとか。
 狸や狐じゃあるまいに、そんなものに人が騙されるものかと笑った、その話‥‥

 質屋の主人は青ざめました。

しかし、いくらなんでも自分が質も取らずに百円の金を貸したとはどうしても思えませんでした。昨夜河童が質にと持ってきたもの

‥‥それは、それは‥‥

‥‥そう‥‥

‥‥腕だ‥‥

 主人はようやくそこまで思い出しました。

‥‥河童は自分の腕を切り落とし、それを質種にと持ってきたのだ。そのあまりの哀れさ痛々しさに私は貸し出しを決めたのだ‥‥しかし‥‥しかしその腕は受け取らなかったはず‥‥ならば‥‥何を‥‥

 しかしそこから先のことはどうしても思い出せませんでした。

 中身が半分になってしまった文庫を抱え、主人は足早に帳場へと向かい、作り付けの銀蔵の鍵を開きました。
 蔵の中の様子には別段変りがないようでした。
 しかしそれでも念のため、預かりの品物を帳面に照らし合わせることにしました。

 あらかたの品を確認し終わり、文庫を元の場所に収めようとしたとき、ふと銀蔵の隅に見慣れない物があることに気がつきました。

 小さな子供ほどの大きさの河童の人形です。
 質屋の主人は腰が抜けるほどに驚きました。
 河童がそこにいると思ったのです。

 しかし落着いてよくよく見ると、それはやはりただの人形でした。

‥‥これが河童の質種しちぐさだったのか‥‥でもこんなに大きなものがあったのに、どうして最初に気がつかなかったのだろうか‥‥

 いぶかしく思いながら主人は台帳の書きつけを調べましたが、そこには何も書かれてはいませんでした。

‥‥やはり傀儡師の仕業だったのか‥‥

 そうだ。
 結局、私は騙されたのだ。

 そう考えると今更何を慌ててみても仕方のない事に気が付きました。


 つづく

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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