河童の質流れ 一
ようやく年始めです。
本日からしばらく妖怪ものの連載をいたします。

どれもすでに完結しているお話ですので、前回の連載のように長期間途切れたりせずに続けさせていただきます。
「続きを読む」でお話を読んでください。
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「河童の質流れ 一」
「河童の質流れ 二」
「河童の質流れ 三」
「河童の質流れ 四」
「河童の質流れ 五 (終章)」
カッパノシチナガレ 1
夕刻、商いを終えて店終いをした質屋の戸を、かたかたと叩く者がありました。
店主は帳場で台帳の付け書きなどをまだしておりましたので、その音にすぐに気が付き「ほう」と小さく呟きました。
奉公先の主人からようやくのこと任された店です。
まだ御得意も沢山は付いておりませんでしたので、時刻を過ぎたお客といえども大切
にせねばと日頃より心にかけておりました。
「はいはい、はいな、はいはい」
そんな声を出しながら主人は店先に降り、かたりと閂(かんぬき)を引きました。
「こんな刻限に何の御用でございましょうなぁ」
そう云いながら細く開いた戸口から顔をのぞかせましたが、その愛想の良さはつるりと空を切りました。
表には誰の姿もなかったのです。
辺りを見回しますが人の気配はありません。
「あれまあ、子供の悪戯やったのやら」
何かしらがっかりして、あらためて閂をかけ直します。振り返り帳場にぼんやり灯る手許明かりを眺めると、ふと丁稚時分に聞いた主人の言葉を思い出しました。
「軒先で子供が悪戯などするようになれば店も一人前、きつく叱ってはいけないよ」
なるほど、そう考えてみればこれも悪いことではなかったような気がします。
明治になって十年も経つというのに今だに髷(まげ)を落とさぬ頑固者の主人ですが、長年の商いで培われた考えというものは、如何に時代が進んでも古びぬものだと店主はあらためて得心するのでした。
いま一度戸締まりを確かめ、帳場に上がろうとしたその時、またかたかたと戸をたたく音。
‥‥風の仕業か‥‥
そう思って耳を澄ませました。
しかしその音は確かに人がたたくもののようでした。
「子供にしてもいやに頼りない。えらくまた小さな子‥‥」
音のする戸口を眺めながら店主は呟きました。
ですがそうして口に出してみると、こんな刻限に幼い子供が辻で遊ぶ筈のないことに気がつきます。
‥‥さては迷い子‥‥
そう思った店主は今度は驚かせたりしないよう、そっと戸口に近づき、音を立てずに閂を抜きました。細く戸を引いてみると、小さな人影が、飛び退くように動くのが見えました。
「これ、怖がることは何もありはせんよ」
努めて優しくそういいながら戸口から身を乗り出すと、店の壁に張り付くように佇む小さな人影がありました。
「迷い子かな、自分の家がわからんようになったのか」
辻はもうすっかり暗くなっていて、子供の風体は知れませんが影の動きを見ると、どうやら二人連れのようでした。
「兄弟して迷うたのかい」
影はこちらに近づこうともせず、息を潜めているようでした。
店主は暗闇に目を凝らしましたが、なにぶん夏の盛りを過ぎた頃、虫の声が騒がしく、それが耳について夜目も利かず、二人の子細(しさい)を窺い知ることは出来ませんでした。
‥‥暗さが怖いと人まで恐ろしく見えるものだから‥‥
主人はそう思い、表に出て子供たちに近付こうとしました。
その途端、思いもかけないほどにはっきりとした声が云いました。
「道に迷うたのではございません。それに私共は親子にございます」
甲高い娘のような声でした。
今度は店主が驚きました。
闇の中の影法師とは言え、どう見ても六つ七つの童のような体つき、それにその影に隠れるようにしているのは、ようよう歩けるようになったかどうかの嬰児(みどりご)ほどにしか見えなかったからです。
‥‥いやいや。奉公先のお得意さんとのつきあいの他に縁のなかった自分が知らないだけで、世の中にはこうした小柄なお方も沢山いらっしゃるのだろう。ならば、戸を叩いたからには、何ぞの御用がお有りなのだ‥‥
世間が狭くていけないなと、店主は思い直しました。
「これはこれは、まことに失礼を致しました。それで、そのご用件は」
しかし、しばらく返事は返ってきませんでした。
「この、こちらは…」
ようやく闇の中の人影は云いかけましたが、そこで途切れて、またしばらくの間が空きました。そして影がこちらに向き直ったように思えた後、先程と同じ娘のような声が響きました。
「この、こちらのお店は、人のお金をお貸しくださるところと伺いましたが、そうなのでございましょうか」
店主はほうと息を吐つき、暗がりの中とはいえ、日頃客を迎えるのと同じ愛想の良い笑顔で答えました。
「いかにも、はいはい、その通りでございますよ。質屋でございます。質種しちぐさをお預かりして、お金をお貸しする、そういう商いでございます」
実際の商に成る成らないは別にして、店の外での立ち話は御客様大切の信条からすると失礼なことに思えました。
「戸口はもう閉めてしまってはおりますが、お話はまあ、店の中でなと」
そう云って店主は店に入ると、明かりの支度を始めました。しかし親子はなかなか店の中に入ってこようとはしませんでした。
「どうぞどうぞ、お入りください。ご心配などありません」
二人の姿が戸のすき間に見えましたが、初めての事に不安があるのかそこで足を止めてしまいます。店主がさらに何か云おうとした時、甲高い声が響きました。
「こちら様は人でない者にもお金をお貸しくださるのでしょうか」
「これはまた、妙なことを云いなさる。やはは、人でない者に金子が必要になるはずはありますまい。よしんばそんなことがあったとて、何で質屋なんぞに借りに来ましょうか」
冗談ごとを受け流すようにそこまで云った店主でしたが、ふと火打ち石を打つ手が止まりました。
少し考えたようになり、今度は妙に勢いづいて忙しげに石を打ちあわせましたが、灯芯に火がつかないままその石をぽとりと桟敷に取り落としました。
つづく
本日からしばらく妖怪ものの連載をいたします。

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「河童の質流れ 一」
「河童の質流れ 二」
「河童の質流れ 三」
「河童の質流れ 四」
「河童の質流れ 五 (終章)」
カッパノシチナガレ 1
夕刻、商いを終えて店終いをした質屋の戸を、かたかたと叩く者がありました。
店主は帳場で台帳の付け書きなどをまだしておりましたので、その音にすぐに気が付き「ほう」と小さく呟きました。
奉公先の主人からようやくのこと任された店です。
まだ御得意も沢山は付いておりませんでしたので、時刻を過ぎたお客といえども大切
にせねばと日頃より心にかけておりました。
「はいはい、はいな、はいはい」
そんな声を出しながら主人は店先に降り、かたりと閂(かんぬき)を引きました。
「こんな刻限に何の御用でございましょうなぁ」
そう云いながら細く開いた戸口から顔をのぞかせましたが、その愛想の良さはつるりと空を切りました。
表には誰の姿もなかったのです。
辺りを見回しますが人の気配はありません。
「あれまあ、子供の悪戯やったのやら」
何かしらがっかりして、あらためて閂をかけ直します。振り返り帳場にぼんやり灯る手許明かりを眺めると、ふと丁稚時分に聞いた主人の言葉を思い出しました。
「軒先で子供が悪戯などするようになれば店も一人前、きつく叱ってはいけないよ」
なるほど、そう考えてみればこれも悪いことではなかったような気がします。
明治になって十年も経つというのに今だに髷(まげ)を落とさぬ頑固者の主人ですが、長年の商いで培われた考えというものは、如何に時代が進んでも古びぬものだと店主はあらためて得心するのでした。
いま一度戸締まりを確かめ、帳場に上がろうとしたその時、またかたかたと戸をたたく音。
‥‥風の仕業か‥‥
そう思って耳を澄ませました。
しかしその音は確かに人がたたくもののようでした。
「子供にしてもいやに頼りない。えらくまた小さな子‥‥」
音のする戸口を眺めながら店主は呟きました。
ですがそうして口に出してみると、こんな刻限に幼い子供が辻で遊ぶ筈のないことに気がつきます。
‥‥さては迷い子‥‥
そう思った店主は今度は驚かせたりしないよう、そっと戸口に近づき、音を立てずに閂を抜きました。細く戸を引いてみると、小さな人影が、飛び退くように動くのが見えました。
「これ、怖がることは何もありはせんよ」
努めて優しくそういいながら戸口から身を乗り出すと、店の壁に張り付くように佇む小さな人影がありました。
「迷い子かな、自分の家がわからんようになったのか」
辻はもうすっかり暗くなっていて、子供の風体は知れませんが影の動きを見ると、どうやら二人連れのようでした。
「兄弟して迷うたのかい」
影はこちらに近づこうともせず、息を潜めているようでした。
店主は暗闇に目を凝らしましたが、なにぶん夏の盛りを過ぎた頃、虫の声が騒がしく、それが耳について夜目も利かず、二人の子細(しさい)を窺い知ることは出来ませんでした。
‥‥暗さが怖いと人まで恐ろしく見えるものだから‥‥
主人はそう思い、表に出て子供たちに近付こうとしました。
その途端、思いもかけないほどにはっきりとした声が云いました。
「道に迷うたのではございません。それに私共は親子にございます」
甲高い娘のような声でした。
今度は店主が驚きました。
闇の中の影法師とは言え、どう見ても六つ七つの童のような体つき、それにその影に隠れるようにしているのは、ようよう歩けるようになったかどうかの嬰児(みどりご)ほどにしか見えなかったからです。
‥‥いやいや。奉公先のお得意さんとのつきあいの他に縁のなかった自分が知らないだけで、世の中にはこうした小柄なお方も沢山いらっしゃるのだろう。ならば、戸を叩いたからには、何ぞの御用がお有りなのだ‥‥
世間が狭くていけないなと、店主は思い直しました。
「これはこれは、まことに失礼を致しました。それで、そのご用件は」
しかし、しばらく返事は返ってきませんでした。
「この、こちらは…」
ようやく闇の中の人影は云いかけましたが、そこで途切れて、またしばらくの間が空きました。そして影がこちらに向き直ったように思えた後、先程と同じ娘のような声が響きました。
「この、こちらのお店は、人のお金をお貸しくださるところと伺いましたが、そうなのでございましょうか」
店主はほうと息を吐つき、暗がりの中とはいえ、日頃客を迎えるのと同じ愛想の良い笑顔で答えました。
「いかにも、はいはい、その通りでございますよ。質屋でございます。質種しちぐさをお預かりして、お金をお貸しする、そういう商いでございます」
実際の商に成る成らないは別にして、店の外での立ち話は御客様大切の信条からすると失礼なことに思えました。
「戸口はもう閉めてしまってはおりますが、お話はまあ、店の中でなと」
そう云って店主は店に入ると、明かりの支度を始めました。しかし親子はなかなか店の中に入ってこようとはしませんでした。
「どうぞどうぞ、お入りください。ご心配などありません」
二人の姿が戸のすき間に見えましたが、初めての事に不安があるのかそこで足を止めてしまいます。店主がさらに何か云おうとした時、甲高い声が響きました。
「こちら様は人でない者にもお金をお貸しくださるのでしょうか」
「これはまた、妙なことを云いなさる。やはは、人でない者に金子が必要になるはずはありますまい。よしんばそんなことがあったとて、何で質屋なんぞに借りに来ましょうか」
冗談ごとを受け流すようにそこまで云った店主でしたが、ふと火打ち石を打つ手が止まりました。
少し考えたようになり、今度は妙に勢いづいて忙しげに石を打ちあわせましたが、灯芯に火がつかないままその石をぽとりと桟敷に取り落としました。
つづく
コメント
良いですねぇ〜♪
こんなに長い間更新しなかったブログを覗いて、コメントまでくださるじゅんでるさんには本当に感謝の気持ちをどう伝えればいいかわかりません。
とりあえずはしばらく、ぐっと集中して更新してゆきますのでまたどうかよろしくお願いします。
最近放送されている「ゲゲゲの鬼太郎」を見たのですが、妖怪たちはどこか山奥にある妖怪村に住んでいて、その妖怪村で起こる事件がお話の中心になっているようでした。どうも21世紀の日本は妖怪たちには危険すぎるという事なのでしょうか。
この前、鬼太郎の元祖「墓場の鬼太郎」が始まるという話を聞きました。
こちらはやはり昭和20年代ぐらいの時代劇という事になるのでしょうか。
本当は現代に妖怪を蘇らせたいと思っているのですが、暗さの無い都会の夜は妖怪にとって本当に手ごわい存在です。
とりあえずはしばらく、ぐっと集中して更新してゆきますのでまたどうかよろしくお願いします。
最近放送されている「ゲゲゲの鬼太郎」を見たのですが、妖怪たちはどこか山奥にある妖怪村に住んでいて、その妖怪村で起こる事件がお話の中心になっているようでした。どうも21世紀の日本は妖怪たちには危険すぎるという事なのでしょうか。
この前、鬼太郎の元祖「墓場の鬼太郎」が始まるという話を聞きました。
こちらはやはり昭和20年代ぐらいの時代劇という事になるのでしょうか。
本当は現代に妖怪を蘇らせたいと思っているのですが、暗さの無い都会の夜は妖怪にとって本当に手ごわい存在です。
いつまでも復活しないので、首がろくろっ首になってましたー。
あいかわらず、味のあるイイ感じの話で、ウマーです。
のんびりでいいので、更新していってください。
あいかわらず、味のあるイイ感じの話で、ウマーです。
のんびりでいいので、更新していってください。
火群さんすみませんでした。
またしばらく連続して更新いたしますので、どうかよろしくお願いします。
またしばらく連続して更新いたしますので、どうかよろしくお願いします。
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おっと・・・でも強迫観念は持たないで下さいね♪
24時間このプログに張り付いてるわけではありませんのでw
継続は力ですから、はんなりぼちぼちと気長に行きましょう♪
(私がこんなこと言うのは変かもしれませんが・・・^^;)
日本はその昔から全てのモノに加え自然現象にも神が宿ると信じられ、
全国各地で、山川海etcにまつわる儀式やお供え物がありますよね
それは自然を脅威と感じつつ知恵を使って一体化し生きてきた
庶民の生活様式そのものからも伺えます
想像しますと、結構みな心安く素直で良い世の中だっただろうと考えます
今回の明治10年頃の時代背景は私には想像することしか出来ませんが
火の無いところに煙は立たないと、ことわざにもあるように
河童や妖怪などホントに居たんじゃないかと思えてきますよね♪
つづきが楽しみです^^