あの世の夢
妙な夢を嫌にはっきりとみてしまい、あれは向こうの世界の光景だったのではないかと思う事があります。

ただそんなお話なんですが、こんなあの世は如何でしょうか。
「続きを読む」でお話を読んでください。
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アノヨノユメ
写真クラブの会合から帰って夕飯が出来上がるまでの一時間足らずの間、ソファにもたれて居眠りをしていたお父さんの目が、突然ぽかりと開きました。
そしてはっきりとした声で言いました。
「あの世の夢を見た」
居間には誰も居ませんでしたが、その声を聞いた里帰り中の娘が隣の部屋から赤ん坊を抱いて居間へと入ってきました。
「なによ、いきなり変な事言って。寝ぼけちゃったのね」
背筋を伸ばし驚いたように腰掛けているお父さんの顔はまだ半分夢の中にいるようにだらしなく緩んでいました。
「なんだ、由起子か」
赤ん坊をそのお父さんの横に寝かせて娘もソファーの端に腰を下ろしました。
「なんだって、何よ。変な声出すから心配して見に来てあげたのに」
「ああ、いや、そうか……」
やがてぼんやりとしていたお父さんの顔がすっと締まって真顔になりました。
「由起子、いまとうさんな、あの世の夢を見たんだ」
娘が笑いました。
「そうね。あの世の夢を見たって大声で言ってたものね」
「いや、そうじゃなくて本物のあの世の夢なんだよ」
「本物って、夢に本物も偽物もないでしょ」
「違うよ、夢って言うより、なんて言うか、向こうの、死後の世界を覗いてしまったみたいな、そんな夢なんだよ」
「いやだ、なによ変な事言って。お父さんってそんな事言う人だったっけ」
「えっ、変か。だけど夢は変じゃなかった」
娘は自分の父親の顔をまじまじと見つめました。
台所で夕飯の支度をしていたはずの母親がいつの間にかソファーの横に立っていました。
「それで、どんな夢だったわけ」
「いやだ、母さん。そんな縁起の悪い夢の話なんか聞きたいの」
「縁起がいいか悪いかなんて後にならなきゃ解らないわよ。とにかくどんな夢だったのか今のうちに聞いとかないと、ご飯を食べたらとうさん、きっと忘れてしまうもの」
エプロンで濡れた手を拭いた母親がソファーの向いの椅子に腰をおろすと、お父さんが話しはじめました。
「夢の中でとうさん、海際の道路を歩いているんだ。痛んででこぼこの道だけど一応鋪装はされているんだ。道の右側が海で左側は山で、海岸線にそってぐにゃぐにゃと曲がった道の遥か遠くの方に、何か建物のような塔のようなものが見えているんだ。とうさんはそこに向かって歩いて行く。だけどそのうち母さんが居ない事に気が付く。それで慌てて今来た道を引き返して走って探しに行くんだ。かあさん。かあさん。ゆき江。ゆき江って呼びながらさ。でもすぐに思い出すんだ。この旅行にかあさんは一緒には来なかったんだって。それでまた海岸線のずっと向こうの塔みたいなものに向かって歩き始める。でもね、本当はそこにはあまり行きたくないんだ。だからとぼとぼした歩き方だからなかなか目的地には近付かない。それでも歩くうちにね、またかあさんが居ない事に気が付いて、今来た道を駆けて戻って行くんだ。だけどやっぱり一緒には来ていない事を思い出す。そんな事を何回も何回も繰り返すうちにも、その目的の塔は近付いて来てね、それが橋杭岩だって解るんだ……」
「橋杭岩って和歌山の南の方にあるあれなの」
娘が訊ねると父親が頷いた。
「細くって塔みたいに並んだ岩がずっと海に向かって並んでいるだろ、あれなんだよ。そうだと解ってとうさん少しおかあさんを恨んだんだ。特急で三時間もかからない近場なのに、どうして一緒に来てくれなかったんだろうって。だけどそんな事言ってもどうにもならない事は夢の中でも解っていた。だから嫌だけどその橋杭岩に向かって歩くしかないんだ。それでさらに歩いて行くとね、その橋杭岩ひとつひとつのてっぺんに人が立っている事に気が付くんだ。そうと解ると何だか急に気が焦りはじめて、岩のある方に道を駆け出すんだ、どんどん走って走って、やがて道路がいちばん橋杭岩に近付いた所で、とうさんガードレールを乗り越えようとするんだ。するといちばん近くの岩のてっぺんの人が叫んだんだよ。『馬鹿、潮が満ちて来たから危ないよ、どうしてお前はいつも慌てるんだろね』って、その声の人を見るとさ、母ちゃんなんだよ。死んじゃった時よりずっと若くて奇麗でびっくりしたけど、確かに母ちゃんだった。『俺、来たよ』って岩の上に向かって叫んだら言われたんだ。『馬鹿、ぐずぐずしてるから間に合わないんだよ。それにそんなに太って歳を取ってちゃこの岩には登れないよ。ここに来たいなら、もっと若くなってから出直しておいで』って。だけどそんなこと言われても困るだろ。だから『どうすればいいんだよ』って叫んだら『馬鹿、自分で考えろ』って。すると母ちゃんの向こうの岩の上やそのまた向こうの岩の上に立った人達が一斉に笑うんだ、遠くて良く解らなかったけど、あれはずいぶん前に死んだ父ちゃんと伯父さん達に違いないと思う。でもみんなすごく逞しくて若くって、何だか全員が力道山みたいだった。そしてその大笑いがおさまると岩の上の母ちゃんと父ちゃん達の姿はもう消えていたんだ。仕方がないのでまたとぼとぼと串本の駅まで歩いて、帰りの急行に乗って、電車の中でつい居眠りをしたら目が覚めた」
話を聞いていた二人は黙っていました。
娘の顔をみて、そしてかあさんの顔を見てからおとうさんが尋ねました。
「やっぱりただの変な夢か」
それでも二人はまだ黙ったまま。
やがて娘はソファの赤ん坊を抱き上げると、立ち上がって言いました。
「定年を過ぎてやっと孫が出来たものだから、とうさん、ちょっと気が抜けちゃったのかも知れないね」
娘が居間を出て隣の部屋に行くと、立ち上がったお母さんがソファの後ろに回っておとうさんの肩に手を置きました。
「特急で三時間のあの世は遠いか近いか…難しいところねぇ。とりあえず、もうしばらくは産まれたばかりの佑之の成長が見られるってことよね。でも、岩山に登ったり若返らなきゃならなかったり、あの世に行くのも生半可じゃ駄目なのね」
そしておかあさんはくすりと笑うと続けました。
「ちょっと変な感じだけど、何だかファイトが湧いて来るあちらの世界ね」
それから何週間かして、おかあさんがあの夢の話をしようとしましたが、あんなに詳しく話した当の本人は、その中身を少しも覚えていませんでした。
…………………

南紀串本の橋杭岩

ただそんなお話なんですが、こんなあの世は如何でしょうか。
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アノヨノユメ
写真クラブの会合から帰って夕飯が出来上がるまでの一時間足らずの間、ソファにもたれて居眠りをしていたお父さんの目が、突然ぽかりと開きました。
そしてはっきりとした声で言いました。
「あの世の夢を見た」
居間には誰も居ませんでしたが、その声を聞いた里帰り中の娘が隣の部屋から赤ん坊を抱いて居間へと入ってきました。
「なによ、いきなり変な事言って。寝ぼけちゃったのね」
背筋を伸ばし驚いたように腰掛けているお父さんの顔はまだ半分夢の中にいるようにだらしなく緩んでいました。
「なんだ、由起子か」
赤ん坊をそのお父さんの横に寝かせて娘もソファーの端に腰を下ろしました。
「なんだって、何よ。変な声出すから心配して見に来てあげたのに」
「ああ、いや、そうか……」
やがてぼんやりとしていたお父さんの顔がすっと締まって真顔になりました。
「由起子、いまとうさんな、あの世の夢を見たんだ」
娘が笑いました。
「そうね。あの世の夢を見たって大声で言ってたものね」
「いや、そうじゃなくて本物のあの世の夢なんだよ」
「本物って、夢に本物も偽物もないでしょ」
「違うよ、夢って言うより、なんて言うか、向こうの、死後の世界を覗いてしまったみたいな、そんな夢なんだよ」
「いやだ、なによ変な事言って。お父さんってそんな事言う人だったっけ」
「えっ、変か。だけど夢は変じゃなかった」
娘は自分の父親の顔をまじまじと見つめました。
台所で夕飯の支度をしていたはずの母親がいつの間にかソファーの横に立っていました。
「それで、どんな夢だったわけ」
「いやだ、母さん。そんな縁起の悪い夢の話なんか聞きたいの」
「縁起がいいか悪いかなんて後にならなきゃ解らないわよ。とにかくどんな夢だったのか今のうちに聞いとかないと、ご飯を食べたらとうさん、きっと忘れてしまうもの」
エプロンで濡れた手を拭いた母親がソファーの向いの椅子に腰をおろすと、お父さんが話しはじめました。
「夢の中でとうさん、海際の道路を歩いているんだ。痛んででこぼこの道だけど一応鋪装はされているんだ。道の右側が海で左側は山で、海岸線にそってぐにゃぐにゃと曲がった道の遥か遠くの方に、何か建物のような塔のようなものが見えているんだ。とうさんはそこに向かって歩いて行く。だけどそのうち母さんが居ない事に気が付く。それで慌てて今来た道を引き返して走って探しに行くんだ。かあさん。かあさん。ゆき江。ゆき江って呼びながらさ。でもすぐに思い出すんだ。この旅行にかあさんは一緒には来なかったんだって。それでまた海岸線のずっと向こうの塔みたいなものに向かって歩き始める。でもね、本当はそこにはあまり行きたくないんだ。だからとぼとぼした歩き方だからなかなか目的地には近付かない。それでも歩くうちにね、またかあさんが居ない事に気が付いて、今来た道を駆けて戻って行くんだ。だけどやっぱり一緒には来ていない事を思い出す。そんな事を何回も何回も繰り返すうちにも、その目的の塔は近付いて来てね、それが橋杭岩だって解るんだ……」
「橋杭岩って和歌山の南の方にあるあれなの」
娘が訊ねると父親が頷いた。
「細くって塔みたいに並んだ岩がずっと海に向かって並んでいるだろ、あれなんだよ。そうだと解ってとうさん少しおかあさんを恨んだんだ。特急で三時間もかからない近場なのに、どうして一緒に来てくれなかったんだろうって。だけどそんな事言ってもどうにもならない事は夢の中でも解っていた。だから嫌だけどその橋杭岩に向かって歩くしかないんだ。それでさらに歩いて行くとね、その橋杭岩ひとつひとつのてっぺんに人が立っている事に気が付くんだ。そうと解ると何だか急に気が焦りはじめて、岩のある方に道を駆け出すんだ、どんどん走って走って、やがて道路がいちばん橋杭岩に近付いた所で、とうさんガードレールを乗り越えようとするんだ。するといちばん近くの岩のてっぺんの人が叫んだんだよ。『馬鹿、潮が満ちて来たから危ないよ、どうしてお前はいつも慌てるんだろね』って、その声の人を見るとさ、母ちゃんなんだよ。死んじゃった時よりずっと若くて奇麗でびっくりしたけど、確かに母ちゃんだった。『俺、来たよ』って岩の上に向かって叫んだら言われたんだ。『馬鹿、ぐずぐずしてるから間に合わないんだよ。それにそんなに太って歳を取ってちゃこの岩には登れないよ。ここに来たいなら、もっと若くなってから出直しておいで』って。だけどそんなこと言われても困るだろ。だから『どうすればいいんだよ』って叫んだら『馬鹿、自分で考えろ』って。すると母ちゃんの向こうの岩の上やそのまた向こうの岩の上に立った人達が一斉に笑うんだ、遠くて良く解らなかったけど、あれはずいぶん前に死んだ父ちゃんと伯父さん達に違いないと思う。でもみんなすごく逞しくて若くって、何だか全員が力道山みたいだった。そしてその大笑いがおさまると岩の上の母ちゃんと父ちゃん達の姿はもう消えていたんだ。仕方がないのでまたとぼとぼと串本の駅まで歩いて、帰りの急行に乗って、電車の中でつい居眠りをしたら目が覚めた」
話を聞いていた二人は黙っていました。
娘の顔をみて、そしてかあさんの顔を見てからおとうさんが尋ねました。
「やっぱりただの変な夢か」
それでも二人はまだ黙ったまま。
やがて娘はソファの赤ん坊を抱き上げると、立ち上がって言いました。
「定年を過ぎてやっと孫が出来たものだから、とうさん、ちょっと気が抜けちゃったのかも知れないね」
娘が居間を出て隣の部屋に行くと、立ち上がったお母さんがソファの後ろに回っておとうさんの肩に手を置きました。
「特急で三時間のあの世は遠いか近いか…難しいところねぇ。とりあえず、もうしばらくは産まれたばかりの佑之の成長が見られるってことよね。でも、岩山に登ったり若返らなきゃならなかったり、あの世に行くのも生半可じゃ駄目なのね」
そしておかあさんはくすりと笑うと続けました。
「ちょっと変な感じだけど、何だかファイトが湧いて来るあちらの世界ね」
それから何週間かして、おかあさんがあの夢の話をしようとしましたが、あんなに詳しく話した当の本人は、その中身を少しも覚えていませんでした。
…………………

南紀串本の橋杭岩
コメント
夢ってそうですよね。
見た本人がいちばん覚えていなかったりするんですが、夢の話は聞いた話でもすぐに忘れてしまうことが多いような気がします。
でも僕はわりと自分の見た夢は覚えていて文章に書いたりするのですが、そのかわり日常の大切な現実の方をすぐに忘れてしまいます。
だめじゃん!
見た本人がいちばん覚えていなかったりするんですが、夢の話は聞いた話でもすぐに忘れてしまうことが多いような気がします。
でも僕はわりと自分の見た夢は覚えていて文章に書いたりするのですが、そのかわり日常の大切な現実の方をすぐに忘れてしまいます。
だめじゃん!
夢って・・・
お久しぶりです
これだけ科学が進んでるこの世の中なのに
寝てるときに見る夢や脳・神・天国・地獄など
一種精神的部類のモノについては
まるで判ってない・・・ある意味不思議ですね
私もたまに夢で「壮大スペクタクルロマンス巨編の主人公」など
見たりするんですが夢の中で「この夢記録しとかなくっちゃ!」
と思っている自分がいたりw
寝ながら結局夢と判っているやん?いったいどうなん?って感じw
寝言に話しかけちゃ駄目とかいうけど
寝言同士でしゃべってるし・・・既に精神分裂か?
ヒトは単体では弱い生き物なので
精神的にも色々不思議な事柄
解析不明で神秘的な空白部分という足かせを創造しないと駄目なんでしょうね
多分全て判っちゃうと傲慢な部分が突出してきて・・・
結局バベルの塔になっちゃうのでしょう
また楽しい作品 ヾ(*`Д´【夜露死苦】`Д´*)ノ゙
これだけ科学が進んでるこの世の中なのに
寝てるときに見る夢や脳・神・天国・地獄など
一種精神的部類のモノについては
まるで判ってない・・・ある意味不思議ですね
私もたまに夢で「壮大スペクタクルロマンス巨編の主人公」など
見たりするんですが夢の中で「この夢記録しとかなくっちゃ!」
と思っている自分がいたりw
寝ながら結局夢と判っているやん?いったいどうなん?って感じw
寝言に話しかけちゃ駄目とかいうけど
寝言同士でしゃべってるし・・・既に精神分裂か?
ヒトは単体では弱い生き物なので
精神的にも色々不思議な事柄
解析不明で神秘的な空白部分という足かせを創造しないと駄目なんでしょうね
多分全て判っちゃうと傲慢な部分が突出してきて・・・
結局バベルの塔になっちゃうのでしょう
また楽しい作品 ヾ(*`Д´【夜露死苦】`Д´*)ノ゙
こんにちはじゅんでるさん
またまた遅くなってごめんなさい。
僕も時々壮大な指輪物語みたいな大長編の夢を見てしまうことがあります。でも長い夢は色々な所からの寄せ集めみたいなシーンの連続で大したものではないのですが、夢の中の主人公の自分はけっこうどきどきしています。そしてマズイ結果になりそうになると姑息にストーリーを修正していたりする自分に気が付いて、「何だよそれ」とか言ってしまった寝言で目が覚めます。
今は待ってる時期に差しかかって更新止まったままですが、お話はそれなりに出来てきていますので、しばらくしたら元気よく再会します。
またまた遅くなってごめんなさい。
僕も時々壮大な指輪物語みたいな大長編の夢を見てしまうことがあります。でも長い夢は色々な所からの寄せ集めみたいなシーンの連続で大したものではないのですが、夢の中の主人公の自分はけっこうどきどきしています。そしてマズイ結果になりそうになると姑息にストーリーを修正していたりする自分に気が付いて、「何だよそれ」とか言ってしまった寝言で目が覚めます。
今は待ってる時期に差しかかって更新止まったままですが、お話はそれなりに出来てきていますので、しばらくしたら元気よく再会します。
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目が覚めてあんなにはっきり脳に記憶されていた夢が現実の暮らしに上書きされて跡形もなく、なくなってしまうんです。
おもしろかったです。