小さい方のツァラトゥストラ、かく語りき vol 2
すみません、前回の最後の方の文章少し後にずらします。

今回はムラトモと父の別れの会話からです。
「続きを読む」で小説を読んでください。
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小さい方のツァラトゥストラ、かく語りき vol 2
ムラトモは、少し眩し気に目を細め微笑みながら何度も頷く母親の顔をじっと見つめてから、父の方へと目をやった。
するといつの間に鞘を置いたのか、抜き身の太刀を青眼に構えた父親がムラトモの眉間に目を据えていた。
「余計な事は何も言わずに送り出そうと心に決めてはいたが、いざ別れの時となればやはり心が揺れる。そこで儂の剣の話だけをどうか胸に留めておいて貰いたい」
ムラトモが頷くと父が尋ねた。
「儂の太刀に殺気はあるか」
「いえ、まったくありません」とムラトモが応えると父親は構えを崩した。
ムラトモには父が今から語ろうとすることが手にとるように解った。
父もまたその気配を察して語らずその目を見つめる。
我が子に向けた剣だから殺気がないのではない。
父の師は稚児の剣の達人であった。幼子が棒を手に遊ぶが如く、邪念を一切捨て去りただ無心に我が手の太刀と戯れる。
その極意を手にしたものは最強の剣の使い手となる。
戦場に漲(みなぎ)る殺気の渦に、恐れる事も怯む事もなく楽し気に踊り込み、死地を駆け抜け、寸分の邪気も含まぬ太刀筋が隙など持たぬはずの敵将の首をもいとも容易く打ち取る。
剣を振るう父の太刀筋は、師の剣と同じく誰の目にも見えなかった。
武人は剣先を目で捉えては居ず、その気迫の迸(ほとばし)りを感じて太刀筋を見極めている。それゆえ剣豪と呼ばれる者達の間でさえ、邪気を捨て去った剣は恐れられた。
何度も頷くムラトモに父は優しい声で言った。
「お前の力の本質にもその剣の極意と同じ無邪気さがある。だから儂如きが何ものをも教えるべきではないと思っていた。だがな、儂の剣を恐れているのは敵ばかりではない。殺気を持たずして目に見えぬ剣は、暗殺剣として仲間からも常に疑いの目で見られる。無垢のものは如何に優れていようと、いや、優れた存在であるがゆえに疎(うと)まれるのだ。その事は旅に出るお前にも深く関わる事となろう……」
語る父の顔に僅かな陰が射したように見えた。
「しかし如何に疑われようと、儂がそうした謀ごとに手を染めた者でない事は、お前なら分かるだろう。しかしな……」
父親の行く末もまた、手に取るようにムラトモには見えていた。
勝ち戦に驕り増長し、腐敗を始めた軍の中で繰り広げられる権力闘争。否応なくその渦中にへと巻き込まれ、やがてその稚児の剣が暗い力を見せつけるその光景。
ムラトモが言った。
「旅立つと決意して昨晩初めて思ったのです。これから先の事が解るという事が果たして決して変えようの無い、人の行く末を決める事なのかどうかという事を。私はそれを確かめたくなりました」
父親の顔がふとほころんだように見えた。
「どうかお達者で」
ムラトモは物心が付いてから始めて、自分の予言を口にしないで、ただ挨拶だけをした。
このまま真っ直ぐに前を見つめて歩みを進めるのか、それとも何度も何度も振り返りながら名残惜しげに行こうと思っているのか、ただ今この後すぐに自分がどうするかを知ろうとしたが、馬鹿げて思えたのでそのまま踏み出した。
何とか両親を安心させようときりりと前を見つめたり、やっぱり名残惜しくて振り向いたり、どっち付かずの様子のムラトモを乗せたロバは、やがて緩やかに曲がった道なりに歩いて我が家は見えなくなった。
やがて村はずれの街道筋に差し掛かると、道の脇の畑で仕事をしていた老夫婦がロバに跨がったムラトモを見つけて声を掛けた。
「あらまあ、なんとも御立派な武者降りだ。旅にでも出なさるんかね」
道で出会っても話しかける人など居なくなった村の中で、この老夫婦だけはムラトモに何かれとなく声をかけてくれていた。
「はい、遅れ馳せながらも、いよいよ発つ事となりました」
話を始めるとロバは自然に歩みを止める。
夫婦はにこにこと笑って言った。
「そうかいしばらく会えんのだね。達者でやって来ておくれだよ。そいじゃあれだよ。いつものように見てもらおうかね。惚けちまっているからさ、難しい事を聞いても忘れちまうからいつもの通り、来年の今頃、私らはこの世に居るじゃろうかね」
来年の今頃……
耕していない畑の縁にお爺さんだけがぽかんと口を開けて立っている。
そして夏の初めの伸び放題の雑草が風に吹かれるのを見つめている。
春先、お婆さんは前の日に眠ったまま起きては来なかった。
亡骸は今も二人の家で生きていた時と同じに寝かされたまま。
そのお爺さんも夏の日差しが強くなる頃、深い草の畑の中に倒れて死んだ。
畑の中でお婆さんが手招きしたような気がしたのだ。
ムラトモは見た通りを言おうとして、少しだけ考える。
そして言った。
「二人は本当に仲がいい。来年の今頃も二人は一緒だ」
街道を西に向かうか東に行くか、ムラトモはロバに決めさせる事にした。ロバはしばらく立ち止まっていたが、やがて風の匂いを嗅いで西への道を歩きはじめた。
…………………

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ムラトモは、少し眩し気に目を細め微笑みながら何度も頷く母親の顔をじっと見つめてから、父の方へと目をやった。
するといつの間に鞘を置いたのか、抜き身の太刀を青眼に構えた父親がムラトモの眉間に目を据えていた。
「余計な事は何も言わずに送り出そうと心に決めてはいたが、いざ別れの時となればやはり心が揺れる。そこで儂の剣の話だけをどうか胸に留めておいて貰いたい」
ムラトモが頷くと父が尋ねた。
「儂の太刀に殺気はあるか」
「いえ、まったくありません」とムラトモが応えると父親は構えを崩した。
ムラトモには父が今から語ろうとすることが手にとるように解った。
父もまたその気配を察して語らずその目を見つめる。
我が子に向けた剣だから殺気がないのではない。
父の師は稚児の剣の達人であった。幼子が棒を手に遊ぶが如く、邪念を一切捨て去りただ無心に我が手の太刀と戯れる。
その極意を手にしたものは最強の剣の使い手となる。
戦場に漲(みなぎ)る殺気の渦に、恐れる事も怯む事もなく楽し気に踊り込み、死地を駆け抜け、寸分の邪気も含まぬ太刀筋が隙など持たぬはずの敵将の首をもいとも容易く打ち取る。
剣を振るう父の太刀筋は、師の剣と同じく誰の目にも見えなかった。
武人は剣先を目で捉えては居ず、その気迫の迸(ほとばし)りを感じて太刀筋を見極めている。それゆえ剣豪と呼ばれる者達の間でさえ、邪気を捨て去った剣は恐れられた。
何度も頷くムラトモに父は優しい声で言った。
「お前の力の本質にもその剣の極意と同じ無邪気さがある。だから儂如きが何ものをも教えるべきではないと思っていた。だがな、儂の剣を恐れているのは敵ばかりではない。殺気を持たずして目に見えぬ剣は、暗殺剣として仲間からも常に疑いの目で見られる。無垢のものは如何に優れていようと、いや、優れた存在であるがゆえに疎(うと)まれるのだ。その事は旅に出るお前にも深く関わる事となろう……」
語る父の顔に僅かな陰が射したように見えた。
「しかし如何に疑われようと、儂がそうした謀ごとに手を染めた者でない事は、お前なら分かるだろう。しかしな……」
父親の行く末もまた、手に取るようにムラトモには見えていた。
勝ち戦に驕り増長し、腐敗を始めた軍の中で繰り広げられる権力闘争。否応なくその渦中にへと巻き込まれ、やがてその稚児の剣が暗い力を見せつけるその光景。
ムラトモが言った。
「旅立つと決意して昨晩初めて思ったのです。これから先の事が解るという事が果たして決して変えようの無い、人の行く末を決める事なのかどうかという事を。私はそれを確かめたくなりました」
父親の顔がふとほころんだように見えた。
「どうかお達者で」
ムラトモは物心が付いてから始めて、自分の予言を口にしないで、ただ挨拶だけをした。
このまま真っ直ぐに前を見つめて歩みを進めるのか、それとも何度も何度も振り返りながら名残惜しげに行こうと思っているのか、ただ今この後すぐに自分がどうするかを知ろうとしたが、馬鹿げて思えたのでそのまま踏み出した。
何とか両親を安心させようときりりと前を見つめたり、やっぱり名残惜しくて振り向いたり、どっち付かずの様子のムラトモを乗せたロバは、やがて緩やかに曲がった道なりに歩いて我が家は見えなくなった。
やがて村はずれの街道筋に差し掛かると、道の脇の畑で仕事をしていた老夫婦がロバに跨がったムラトモを見つけて声を掛けた。
「あらまあ、なんとも御立派な武者降りだ。旅にでも出なさるんかね」
道で出会っても話しかける人など居なくなった村の中で、この老夫婦だけはムラトモに何かれとなく声をかけてくれていた。
「はい、遅れ馳せながらも、いよいよ発つ事となりました」
話を始めるとロバは自然に歩みを止める。
夫婦はにこにこと笑って言った。
「そうかいしばらく会えんのだね。達者でやって来ておくれだよ。そいじゃあれだよ。いつものように見てもらおうかね。惚けちまっているからさ、難しい事を聞いても忘れちまうからいつもの通り、来年の今頃、私らはこの世に居るじゃろうかね」
来年の今頃……
耕していない畑の縁にお爺さんだけがぽかんと口を開けて立っている。
そして夏の初めの伸び放題の雑草が風に吹かれるのを見つめている。
春先、お婆さんは前の日に眠ったまま起きては来なかった。
亡骸は今も二人の家で生きていた時と同じに寝かされたまま。
そのお爺さんも夏の日差しが強くなる頃、深い草の畑の中に倒れて死んだ。
畑の中でお婆さんが手招きしたような気がしたのだ。
ムラトモは見た通りを言おうとして、少しだけ考える。
そして言った。
「二人は本当に仲がいい。来年の今頃も二人は一緒だ」
街道を西に向かうか東に行くか、ムラトモはロバに決めさせる事にした。ロバはしばらく立ち止まっていたが、やがて風の匂いを嗅いで西への道を歩きはじめた。
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自分自身何を書こうとしているのか、何が書けるのか、何を書いても許されるのか、そんな事が何一つ解っていないのに我が身の自堕落が呼び込む恐怖から何とか1cmでも遠く逃れようと書き続けているのですが、読んで下さる方、素晴らしい感想をくださる方が居てくださるお陰で、何とかこの中でだけはそれなりの姿でいられるような気がします。
いつも私信で頂いているコメントの細やかなお気づかいに感謝いたします。
しかし頂く内容がいつもあまりに素晴らしいので、読ませて頂くのが僕だけではもったいなくて仕方ありません。
どうかぜひ、公開でのコメントを頂けますようお願いをいたします。
お返事必ずしもすぐに出来ない事も多々あるのですが、様々な事情と咀嚼に時間が長くかかるためで、他意はございません。
その際はどうかお許しください。
さぼっていても、諦めていても、嫌でも前進する堂々回りがいいなと思っていますので、このお話は努めて明るく書いて行きたいです。