かき氷 [スウィーツ・ディオラマ]
かき氷は日本の夏に親しまれる氷菓

* 史実上の記録は平安時代に清少納言の『枕草子』「あてなるもの」の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁と思われる)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されている。
* 1869年(明治2年)、神奈川県横浜にある馬車道で初めての氷水店が開店する(日本においてアイスクリームを発祥させた店でもある)。
* 1882年(明治15年)頃に博物学者のエドワード・S・モースが、かき氷を食べたことを自著に記している。
* 昭和初期に氷削機が普及し、一般化する。
出典:『フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia) 』より抜粋。
「続きを読む」でストーリーをお楽しみください。
■「スウィーツ・ディオラマ」の表紙と目次■
かき氷
ぐるりと岩場ばかりの岬の道を僕達はぶらぶらと歩いていた。
小さいけれどきれいに整備された漁港には、沖まで突き出した細長い防波堤が延びていて、そこには鈴なりの釣り人が竿を伸ばして昼下がりの強烈な日差しに焼かれていた。
本来暑いのは苦手だ。
でも夏になると何故か歩かずには居られなくなる。
長い間おかしな性分だと思っていたのだか、ある時気が付いた。実は自分自身の何処かに「夏休み」というものが染み付いてたのだ。
だから七月は落ち着いた気分で居られても、八月になると胸騒ぎがしはじめる。そしてお盆を過ぎるともう駄目だ。
この夏の思い出が何もなしになってしまう。
何十年も前から夏になれば通い詰めた岬にまたこうしてやって来て、磯で遊ぶでもなく、ただぶらぶらと歩いている。
昼は人形供養で有名な淡島神社の参道の店で一杯やりながら、鯛の刺身と雀寿司をつまんで済ませ、汗で濡れたアロハシャツを着替えてから海岸の道路に戻った。
洗濯板のような岩の筋が五十メートルほど沖にまで並んだ、特徴的な海岸には潮溜まりが沢山できて、海辺の生き物の観察にはうってつけだ。
申し訳程度の砂地には何張りかのテントがあって、大きめの潮溜まりでは子供達が泳いでいた。
そこに聞き慣れない何処かの国の言葉。
防波堤の小さな日陰に立った母親が、ラムネの瓶を二本手にして子供達を呼んでいる。
口を開くとただ「暑いね」とばかり言ってしまうので、相方と歩きながらも会話はあまり多くはない。
海がきらきらと輝いていれば「まぶしいね」と言ったり、風が吹いて山側の木が揺れれば「いやま、助かる」と言ったり、そんな具合で、しばらく歩くと氷屋の小旗を見つけた。
開け放された店に入るとおばあさんが独り、氷掻き器の前に座っていて「何にしようかね」と言った。
「みぞれと氷金時を」
注文するとおばあさんは、氷掻き器の横に出したままで手ぬぐいを掛けてあった氷を台に乗せ、押しヅメをセットすると掻き器のスイッチを押した。
シャッシャと涼しげな音を立てながら、みるみる氷は器へと降り積もり、蜜をかけ、崩れた山にさらに氷を積もらせて、おばあさんはそれを僕達のテーブルへと運んでくれた。
キラキラとまぶしい夏のごちそう。
「いいね。この山を見ると触るのがもったいなくなるよ」
氷を食べる僕達の隣の席に腰掛けておばあさんは「さっきまで一時にお客がたて込んでくたびれちゃったねえ」と言った。
「十人ぐらい一度に来たんですか」と尋ねると「七、八人だったかなあ」と……それからしばらく、三十年ほど前に僕がこの岬に遊びに来はじめた頃の話をしたり、この辺りを襲った室戸台風の高潮の話を聞いたりしながら、僕達はかき氷を食べた。
そしていよいよお皿の氷もおしまいになりかけた時、おばあさんが言った。
「そんなかき氷、おいしくなかったろ」
少し驚いた僕達は「いえ、そんな、とてもおいしかったです」と言ったが、おばさんは腰掛けていた席を立って、氷掻き器の近くの戸棚の中から新聞紙に包まれたものを取り出した。
そして氷掻き器から何かの部品を取り外すと、新聞に包まれていたそれと交換した。そしてまた手ぬぐいを掛けて置いてあった氷を台に乗せると、氷を掻きはじめた。
「これが本当においしいかき氷なんだよ」
テーブルに運ばれたのはさっきと同じ氷と蜜。
僕達は不思議な気分になりながら、そのかき氷をスプーンで掬った。
口に入れた途端その違いが解った。
さっきまで食べていたような氷の冷たさはそこにはなくて、魔法のような甘さと優しい涼しさだけが、口の中に広がってゆく……
そう、いつの頃にか、そんなかき氷を食べた事があった。
遠い遠い記憶の中の夏休みが、麦わら帽子を被った影絵になって僕の胸の中を駆けまわる。
「じいさんが居なくなってから、刃が上手く研げないんだよ。最後に研いでくれた刃で氷を掻くと。そんな昔通りの味がするんだけどね……」
店先にマスカットの種を蒔いたらそれがどんどん育って、駄菓子屋のオババは竹で棚をこしらえて、よく茂った棚の下の葉陰は僕らがかき氷を食べる場所と決まっていた。
その氷と同じ味がする……
「じゃ、やっぱり今日からこの刃で掻こうかね。それでこれが駄目になったら、氷屋はおしまいだ……」
顔を上げた僕と目が合ったおばあさんはにこりと笑った顔になったが、その姿がずいぶん遠くに見えた。
もしかして、あの時のオババがこの人なのか……
妙な錯覚に鼻の奥がつんとして、最高のかき氷が味わえたのは結局最初のひと口だけだった。
…………………

* 史実上の記録は平安時代に清少納言の『枕草子』「あてなるもの」の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁と思われる)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されている。
* 1869年(明治2年)、神奈川県横浜にある馬車道で初めての氷水店が開店する(日本においてアイスクリームを発祥させた店でもある)。
* 1882年(明治15年)頃に博物学者のエドワード・S・モースが、かき氷を食べたことを自著に記している。
* 昭和初期に氷削機が普及し、一般化する。
出典:『フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia) 』より抜粋。
「続きを読む」でストーリーをお楽しみください。
■「スウィーツ・ディオラマ」の表紙と目次■
かき氷
ぐるりと岩場ばかりの岬の道を僕達はぶらぶらと歩いていた。
小さいけれどきれいに整備された漁港には、沖まで突き出した細長い防波堤が延びていて、そこには鈴なりの釣り人が竿を伸ばして昼下がりの強烈な日差しに焼かれていた。
本来暑いのは苦手だ。
でも夏になると何故か歩かずには居られなくなる。
長い間おかしな性分だと思っていたのだか、ある時気が付いた。実は自分自身の何処かに「夏休み」というものが染み付いてたのだ。
だから七月は落ち着いた気分で居られても、八月になると胸騒ぎがしはじめる。そしてお盆を過ぎるともう駄目だ。
この夏の思い出が何もなしになってしまう。
何十年も前から夏になれば通い詰めた岬にまたこうしてやって来て、磯で遊ぶでもなく、ただぶらぶらと歩いている。
昼は人形供養で有名な淡島神社の参道の店で一杯やりながら、鯛の刺身と雀寿司をつまんで済ませ、汗で濡れたアロハシャツを着替えてから海岸の道路に戻った。
洗濯板のような岩の筋が五十メートルほど沖にまで並んだ、特徴的な海岸には潮溜まりが沢山できて、海辺の生き物の観察にはうってつけだ。
申し訳程度の砂地には何張りかのテントがあって、大きめの潮溜まりでは子供達が泳いでいた。
そこに聞き慣れない何処かの国の言葉。
防波堤の小さな日陰に立った母親が、ラムネの瓶を二本手にして子供達を呼んでいる。
口を開くとただ「暑いね」とばかり言ってしまうので、相方と歩きながらも会話はあまり多くはない。
海がきらきらと輝いていれば「まぶしいね」と言ったり、風が吹いて山側の木が揺れれば「いやま、助かる」と言ったり、そんな具合で、しばらく歩くと氷屋の小旗を見つけた。
開け放された店に入るとおばあさんが独り、氷掻き器の前に座っていて「何にしようかね」と言った。
「みぞれと氷金時を」
注文するとおばあさんは、氷掻き器の横に出したままで手ぬぐいを掛けてあった氷を台に乗せ、押しヅメをセットすると掻き器のスイッチを押した。
シャッシャと涼しげな音を立てながら、みるみる氷は器へと降り積もり、蜜をかけ、崩れた山にさらに氷を積もらせて、おばあさんはそれを僕達のテーブルへと運んでくれた。
キラキラとまぶしい夏のごちそう。
「いいね。この山を見ると触るのがもったいなくなるよ」
氷を食べる僕達の隣の席に腰掛けておばあさんは「さっきまで一時にお客がたて込んでくたびれちゃったねえ」と言った。
「十人ぐらい一度に来たんですか」と尋ねると「七、八人だったかなあ」と……それからしばらく、三十年ほど前に僕がこの岬に遊びに来はじめた頃の話をしたり、この辺りを襲った室戸台風の高潮の話を聞いたりしながら、僕達はかき氷を食べた。
そしていよいよお皿の氷もおしまいになりかけた時、おばあさんが言った。
「そんなかき氷、おいしくなかったろ」
少し驚いた僕達は「いえ、そんな、とてもおいしかったです」と言ったが、おばさんは腰掛けていた席を立って、氷掻き器の近くの戸棚の中から新聞紙に包まれたものを取り出した。
そして氷掻き器から何かの部品を取り外すと、新聞に包まれていたそれと交換した。そしてまた手ぬぐいを掛けて置いてあった氷を台に乗せると、氷を掻きはじめた。
「これが本当においしいかき氷なんだよ」
テーブルに運ばれたのはさっきと同じ氷と蜜。
僕達は不思議な気分になりながら、そのかき氷をスプーンで掬った。
口に入れた途端その違いが解った。
さっきまで食べていたような氷の冷たさはそこにはなくて、魔法のような甘さと優しい涼しさだけが、口の中に広がってゆく……
そう、いつの頃にか、そんなかき氷を食べた事があった。
遠い遠い記憶の中の夏休みが、麦わら帽子を被った影絵になって僕の胸の中を駆けまわる。
「じいさんが居なくなってから、刃が上手く研げないんだよ。最後に研いでくれた刃で氷を掻くと。そんな昔通りの味がするんだけどね……」
店先にマスカットの種を蒔いたらそれがどんどん育って、駄菓子屋のオババは竹で棚をこしらえて、よく茂った棚の下の葉陰は僕らがかき氷を食べる場所と決まっていた。
その氷と同じ味がする……
「じゃ、やっぱり今日からこの刃で掻こうかね。それでこれが駄目になったら、氷屋はおしまいだ……」
顔を上げた僕と目が合ったおばあさんはにこりと笑った顔になったが、その姿がずいぶん遠くに見えた。
もしかして、あの時のオババがこの人なのか……
妙な錯覚に鼻の奥がつんとして、最高のかき氷が味わえたのは結局最初のひと口だけだった。
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