夏の庭を行く電車
長く休んでしまいました。

休みの間に遠くには行きませんでしたが、海と山には行ってきました。
またいろいろ書いて行きます。
「続きを読む」でお話を読んでください。
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ナツノニワヲユクデンシャ
真夏の光は日の出から燦々と照って岬の青葉を輝かせていました。
ただじっと照りつけているだけなのに、陽光が波のようなリズムを奏でているように思えるのは、今が盛りと鳴き交わす山肌いっぱいの蝉の声の所為なのでしょうか。
雲もなく空は晴れて磯のヒヨドリの声も時折甲高く聞こえてきます。
海に張り出した突端の山はいつもと同じ夏の朝に浮かんでおりました。
その岬の南の斜面の下には、古びて頼りない架線を延ばした支線の始発駅がありました。
車両はひとつだけ。
ぴりぴりと剥がれて飛びそうな白いペンキの残る小さな木造の駅舎には、泊まり込んだ運転士と駅長が、始発の時間を待っています。
やがてまくら木を積んだだけのホームに立った駅長と、運転台に乗り込んだ運転手は懐中時計を合わせながら、いつものお客は少し遅いね、などと話していました。
やがて出発時間の六時十五分。
「ごめんよ」
「ごめんよ」
「ごめんだよ」
聞こえたその声は大きなブリキのトロ箱を肩に掛けて、港からの道を小走りに駆けて来る三人のお母さん達。
「船が戻るのが遅くなってね、ギリギリなんだよ」
「違うよ、ギリギリどころか、一分ばかり待たせてるって」
「でもね、その分大漁で、いい魚がびっちりだよ」
大きな声でそんな事を言いながら、長靴姿のお母さん達は無人の改札を抜けて電車に乗り込むと、車両の前の席に腰を下ろしました。
駅長が笛を吹きました。
「今日もたっぷり稼いでくるからね」
わざわざ窓から身を乗り出して駅長にそんな事を言っているお母さんの元気ぶりに、若い運転手は指差し確認をしながら吹き出します。
始発電車は少し遅れて走り出しました。
町のターミナルまで、支線の駅は七つ。
いつもと変わりのない速度で電車は出発して、すぐにある切り通しの緑の回廊を抜けて行きます。
古い電車がコトコトとレールの音を響かせても開け放した窓からザンザンと降り込む蝉の声は静まらず、車内にはお母さん達の陽気な話し声が響いて、氷を詰めたトロ箱に入れられた魚はいまだに活きが良くて、箱の中で時折ぴちぴちと小さな音を立てていました。
最初の駅は海水浴場の浜に面したホームだけの駅。
早朝では誰も乗らず誰も降りず、次の駅ではソフトを被った早掛けの勤め人がひとりだけ。
電車は岬の途中の集落を繋いで、町へ町へと向かいます。
四つ目の駅から先は、軌道敷きの幅が急に広がりました。
何時かの需要に備えて複線化のための拡幅用地を準備したのですが、最近の自家用自動車の普及で、支線の乗客は増えるどころか、目に見えて少なくなりはじめました。
そんな電鉄会社の事情を知ってか知らずか、やがて手つかずの軌道敷きには不法耕作が目立つようになりました。そしていくらも経たないうちに近所の人たちは本格的に畝をこしらえて、茄子やキュウリを育てたり、川のそばでは里芋の大きな葉っぱを茂らせたりと、まるで周辺の農地と変わりのない有りさまとなってしまいました。
しかしいくらなんでも鉄道の軌道敷き内で農業をされては危険だと、鉄道会社が周辺の住民と交渉するうち、次第に農作物は減りはじめ、変わりに季節の草花が植えられるようになったのです。
電車の行く手には黄色い大きな花を咲かせたカンナの群れが広がっていました。そしてその向こうには赤い花を無数に咲かせた白粉花の大きな株がびっしりと茂っています。そんな線路の脇ぎりぎりにまで植えられた花の間を縫うように電車は走って行きます。
「ほんに、ええ庭になって来よったねぇ」
行商のお母さんの一人が言うと、その高い声は電車の乗客みんなの耳に届いて、誰もが窓の下を流れる草花の群れを眺めました。
野草に戻ったようなカンナや白粉花に混じって、サルビアの小さな花や、つゆ草の青い花。
濃淡様々に揺れる紫の花は矢車菊。
所々で真っ赤な花を高々と花を持ち上げて目に滲みるのはケイトウです。
列車はコトコトと制限速度を保ちながら、急がず澱まず、喜ぶ風に素知らぬ風に華やかな夏の庭を抜けて行きます。
その足下の敷石には白、赤、青にオレンジ色、様々な色の小さな花を咲かせたツメキリソウは、線路にまで花の光を届かせようと蔓延っていました。
「ほら、あの辺り、花が無いね。あれはコスモスなんだよね」
好き勝手に花を植えるのも危険を伴う不法耕作には違いありませんが、電鉄会社はそれ以上に住民に苦情を言いませんでした。その代わりこの支線の制限速度は路面電車よりも遅い時速三十キロ厳守です。
やがて電車は本線の駅の端っこに作られた、小さな短いホームにコトリと到着しました。出発の時の五十秒ほどの遅れはどこでどう調整されたのか、運転士の腕前で定刻ピッタリに合わされていました。
「そりゃあ秋は秋で楽しみなのさ」
乗り継ぎ列車のホームへと繋がる袴道橋の階段を登りながら、お母さん達はちょっと振り返ると、ホームに出ていた運転手に向かって手を振りました。そしてわけも無く嬉しそうに笑うとペンキの匂いのする階段を、急ぎ足で登って行きました。
……………

休みの間に遠くには行きませんでしたが、海と山には行ってきました。
またいろいろ書いて行きます。
「続きを読む」でお話を読んでください。
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ナツノニワヲユクデンシャ
真夏の光は日の出から燦々と照って岬の青葉を輝かせていました。
ただじっと照りつけているだけなのに、陽光が波のようなリズムを奏でているように思えるのは、今が盛りと鳴き交わす山肌いっぱいの蝉の声の所為なのでしょうか。
雲もなく空は晴れて磯のヒヨドリの声も時折甲高く聞こえてきます。
海に張り出した突端の山はいつもと同じ夏の朝に浮かんでおりました。
その岬の南の斜面の下には、古びて頼りない架線を延ばした支線の始発駅がありました。
車両はひとつだけ。
ぴりぴりと剥がれて飛びそうな白いペンキの残る小さな木造の駅舎には、泊まり込んだ運転士と駅長が、始発の時間を待っています。
やがてまくら木を積んだだけのホームに立った駅長と、運転台に乗り込んだ運転手は懐中時計を合わせながら、いつものお客は少し遅いね、などと話していました。
やがて出発時間の六時十五分。
「ごめんよ」
「ごめんよ」
「ごめんだよ」
聞こえたその声は大きなブリキのトロ箱を肩に掛けて、港からの道を小走りに駆けて来る三人のお母さん達。
「船が戻るのが遅くなってね、ギリギリなんだよ」
「違うよ、ギリギリどころか、一分ばかり待たせてるって」
「でもね、その分大漁で、いい魚がびっちりだよ」
大きな声でそんな事を言いながら、長靴姿のお母さん達は無人の改札を抜けて電車に乗り込むと、車両の前の席に腰を下ろしました。
駅長が笛を吹きました。
「今日もたっぷり稼いでくるからね」
わざわざ窓から身を乗り出して駅長にそんな事を言っているお母さんの元気ぶりに、若い運転手は指差し確認をしながら吹き出します。
始発電車は少し遅れて走り出しました。
町のターミナルまで、支線の駅は七つ。
いつもと変わりのない速度で電車は出発して、すぐにある切り通しの緑の回廊を抜けて行きます。
古い電車がコトコトとレールの音を響かせても開け放した窓からザンザンと降り込む蝉の声は静まらず、車内にはお母さん達の陽気な話し声が響いて、氷を詰めたトロ箱に入れられた魚はいまだに活きが良くて、箱の中で時折ぴちぴちと小さな音を立てていました。
最初の駅は海水浴場の浜に面したホームだけの駅。
早朝では誰も乗らず誰も降りず、次の駅ではソフトを被った早掛けの勤め人がひとりだけ。
電車は岬の途中の集落を繋いで、町へ町へと向かいます。
四つ目の駅から先は、軌道敷きの幅が急に広がりました。
何時かの需要に備えて複線化のための拡幅用地を準備したのですが、最近の自家用自動車の普及で、支線の乗客は増えるどころか、目に見えて少なくなりはじめました。
そんな電鉄会社の事情を知ってか知らずか、やがて手つかずの軌道敷きには不法耕作が目立つようになりました。そしていくらも経たないうちに近所の人たちは本格的に畝をこしらえて、茄子やキュウリを育てたり、川のそばでは里芋の大きな葉っぱを茂らせたりと、まるで周辺の農地と変わりのない有りさまとなってしまいました。
しかしいくらなんでも鉄道の軌道敷き内で農業をされては危険だと、鉄道会社が周辺の住民と交渉するうち、次第に農作物は減りはじめ、変わりに季節の草花が植えられるようになったのです。
電車の行く手には黄色い大きな花を咲かせたカンナの群れが広がっていました。そしてその向こうには赤い花を無数に咲かせた白粉花の大きな株がびっしりと茂っています。そんな線路の脇ぎりぎりにまで植えられた花の間を縫うように電車は走って行きます。
「ほんに、ええ庭になって来よったねぇ」
行商のお母さんの一人が言うと、その高い声は電車の乗客みんなの耳に届いて、誰もが窓の下を流れる草花の群れを眺めました。
野草に戻ったようなカンナや白粉花に混じって、サルビアの小さな花や、つゆ草の青い花。
濃淡様々に揺れる紫の花は矢車菊。
所々で真っ赤な花を高々と花を持ち上げて目に滲みるのはケイトウです。
列車はコトコトと制限速度を保ちながら、急がず澱まず、喜ぶ風に素知らぬ風に華やかな夏の庭を抜けて行きます。
その足下の敷石には白、赤、青にオレンジ色、様々な色の小さな花を咲かせたツメキリソウは、線路にまで花の光を届かせようと蔓延っていました。
「ほら、あの辺り、花が無いね。あれはコスモスなんだよね」
好き勝手に花を植えるのも危険を伴う不法耕作には違いありませんが、電鉄会社はそれ以上に住民に苦情を言いませんでした。その代わりこの支線の制限速度は路面電車よりも遅い時速三十キロ厳守です。
やがて電車は本線の駅の端っこに作られた、小さな短いホームにコトリと到着しました。出発の時の五十秒ほどの遅れはどこでどう調整されたのか、運転士の腕前で定刻ピッタリに合わされていました。
「そりゃあ秋は秋で楽しみなのさ」
乗り継ぎ列車のホームへと繋がる袴道橋の階段を登りながら、お母さん達はちょっと振り返ると、ホームに出ていた運転手に向かって手を振りました。そしてわけも無く嬉しそうに笑うとペンキの匂いのする階段を、急ぎ足で登って行きました。
……………
コメント
かなり荒いもので恥ずかしいのですが、ご感想を頂けてとても嬉しいです。
本当に感謝しています。
僕は文章の書き方が乱雑なので、書いてすぐに人に見せるとひどい事になります。そこで不ログを続けながらストックを積んで行く予定だったのですが、結局さぼりまくりで遂に自転車操業に突入です。
「夏の庭を行く電車」も書き直したいところがいっぱいでどうしたものかと思案中ですが、しばらくはこんな状態で続けるしかないのかなと思っています。
本当に感謝しています。
僕は文章の書き方が乱雑なので、書いてすぐに人に見せるとひどい事になります。そこで不ログを続けながらストックを積んで行く予定だったのですが、結局さぼりまくりで遂に自転車操業に突入です。
「夏の庭を行く電車」も書き直したいところがいっぱいでどうしたものかと思案中ですが、しばらくはこんな状態で続けるしかないのかなと思っています。
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「夏の庭を行く電車」ときいて湯本香樹実の「夏の庭」を思い出しました。
読み進めるうち、まるでカタンカタンと電車に揺られながら、次々に色とりどりの花で敷きつめられた風景が目に飛びこんでくるような感覚を覚えました。
>軌道敷き 拡幅用地 不法耕作
改めて自分の語彙の少なさにうなだれております。
読後、
可憐な野の花を見つけに出かけたくなりました。