「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

誘われて行くところ

たぶん迷子の記憶じゃないかと思います。

20070810180556.jpg

来週一週間更新お休みします。
コメントを頂いてもコンピューターに触れられない期間が長いので、お返事が遅くなるかも知れません。その節はどうかお許しください。

「続きを読む」でお話を読んでください。
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サソワレテユクトコロ


 いつか列車が来るかも知れない。

 少年はそう思いながらも赤く錆びたレールの上を歩いてゆきました。
 開いたままの踏み切りから軌道敷に入ったその子は、最初は蝶々を追っていたのです。
 まだ春というには肌寒い、花もわずかにしか咲いていないそんな季節でしたが、鮮やかな黄色の蝶がその子を軌道敷内へと誘い込み、やがて姿を消したのです。

 街の本線から延びた古い引き込み線のレールは港の船着き場に続いているはずでした。
 何となく線路の上を歩き始めた少年でしたが、しばらく歩いているうちに、向こうに何か大切な目的があるような気がしてきました。そして歩みは駆けるような、跳ねるようなリズムになってゆきました。
‥このレールの上を何かが走るなんて事はありませんよ‥
 ふと誰かの声が聴こえたような気がしましたが、少年は安心しませんでした。
 いつか列車がやって来るのじゃないか。
 そう思って振り返り、振り返りしながら、それでも楽しげに少年は歩いて行きました。

 傷んだ歯が少しずつ抜けてゆくように線路の両側にびっしりと並んでいた家並みには隙間が空き始めて、もうすぐ街外れになってしまうよと、言葉にならない声で少年に教えていました。
 でも少年はそんな声には気が付かず、小さな声で歌い始めました。

 こどもの国、白い国
 こどもの花、白い花

 誰もいない広場でも
 遊んでいれば楽しくなるよ
 怖い夢などないんだよ
 こどもの国はすてきだな
 人もケモノも植物も
 その他も
 みんな君が好きなんだ
 大好きなんだよ

 こどもの国にはこどもがたくさん
 いっぱい居るけど大丈夫

 いじめっ子には別の国
 別の国
 別の国

 こどもの国、白い国
 こどもの花、白い花

 ふと少年の歩みが止まりました。

 線路が二十メートルほどの幅の運河を渡っていたのです。
 枕木はガーター橋に乗せられてしっかりと固定されていましたが、枕木と枕木の間の隙間からは運河の水面が見えています。

 怖いな。
 あの黒い水に落ちたら助からない。

 運河の水面は「この先には行ってはいけない」と教えていました。
 でも少年はそんな声には気が付かず、あたりを見廻します。すると線路から少し離れて保線用の橋が渡されているのが目に入りました。
 近付いてみると滑り止めのクロスの浮き出しのある赤く錆びた鉄板が通路になっていて、橋の幅はその子の肩幅と丁度同じくらいでした。
 パイプの手すりが付いていましたが所々錆びて折れて欠け落ちていました。

 こっちも怖いな。
 でもまあいいや。
 これなら何とか渡れるさ。
 少年は橋の向こうに広がる青くて広い空を見て決心をします。
 そして、一歩。
 一歩。
 錆びた橋はぎしぎしと軋んで揺れました。
 下を見ると黒くてとろりとしたような運河の水が案外近くに見えました。

 もしも大きな手。

 ヘドロで出来たような物凄く大きな手が出てきたら僕は汚い水にあっという間に引き込まれる。僕は水を飲んでしまわないように咄嗟に息を止めるんだ。苦しいのを我慢して我慢して、その間中ずっと怖くて冷たくて苦しくて、だけど最後は我慢しきれなくなってヘドロを吸って死んでしまうんだ。でも死んでも、しばらくはぼんやりと辺りが見えていたりするんだろうな。真っ黒な水の中で。そのうちごろんと体が回って、キラキラしているのは水面だな。あそこに顔を出せれば助かったのにな、とか思うんだ。

 でも。

 怖いものは居やしない。
 怖い夢も見やしない。

 こどもの国、白い国
 こどもの花、白い花

 誰もいない広場でも
 遊んでいれば楽しくなるよ
 怖い夢はないんだよ
 こどもの国はすてきだな
 人もケモノも植物も
 その他も
 みんな君が好きなんだ
 大好きなんだよ

 こどもの国にはこどもがたくさん
 いっぱい居るけど大丈夫

 いじめっ子には別の国
 別の国
 別の国

 こどもの国、白い国
 こどもの花、白い花

 二度歌い終わると橋も終っていました。
 線路の廻りに生えていた雑草は少しずつ背丈を増して、小さな小さな葉っぱが線路と線路の間にも緑の苔のように広がっていました。

 ほらね、思った通りだ。

 線路の国はだんだん奇麗になって行くよ。
 少年は柔らかい草を踏みながら、再び跳ねるようなリズムで歩き始めました。

 少し行くとポイントがあり線路が二股に分れていました。
 少年はポイントの装置の具合を観察しました。
 カーブの線路にぴっちりとくっついた、薄く削ぎ取ったような線路の片割れ、これが動いて列車はあっちに行ったりこっちに行ったり。
 どんな風に動くんだろうか。
 よく見ると砂利の中に埋め込まれた鉄のリンク。それは線路脇に延びて錆びた鉄のアームが伸びて、その先には自分の背丈と同じくらいに見える変な形のレーバーがありました。
 レバーには白と黒に塗り分けられた大きな鍔が付いていて、おんぼろに傷んではいても、それが何か訊ねるだけでも叱られそうな、絶対に触ったりなんかしてはいけない、そんな雰囲気。

 少年は近付くととまどいなくそのレバーを動かそうとしました。でもものすごく重くて子供の力で動きそうにありませんでした。
 線路のポイントが示す方向を見て、少年は真っすぐの方へと歩き始めました。
 少し歩くと次のポイント。
 そしてまた次のポイントと、線路はどんどん枝分かれを始めました。

 ポイントに差し掛かるたび、少年はポイントの切り替えレバーを動かそうとしましたが、どれ一つとして動くものはなく、最初に決められていた方向へと歩き続けるしかありませんでした。
 どんどん分れてゆく線路、そして茂みの陰や建物の向こうからやって来る線路が合流し、いつの間にか辺りは広々とした操車場の風景へと変わっていました。
 平行に、少し斜めに線路が並ぶ中を、少年は決められた通りに歩き続けました。

 何か物音が聞こえたような気がして振り向くと、一台の貨車が自分の居る方にゆっくりと近付いて来るのが見えました。

 ああ、こんな所にまで来てしまったからやっぱり轢かれるんだ。

 そう思いましたが少年は動きませんでした。
 惰性運転のようなゆっくりとした速度で貨車は進んでいましたが、誰かが操作している様子はありませんでした。

 轢かれれば痛いだろうけどぶつかった衝撃で先に気を失うな。少年は自信をもってそう思い、少しほっとしました。

 そのうちにも貨車はどんどん近づきます。
 そしていよいよ来るなと少年が覚悟した時、突然ガシャガシャと音を立ててながら、貨車の進路が変わりました。
 そして一度進路を替え始めた貨車はポイントに当る度に少年から遠ざかって行き、やがてひと気のない信号所の陰に隠れました。
 その途端、物凄いブレーキの音が響きました。

 僕のかわりに誰かが轢かれたんだ。

 しばらく自分の胸を押えていた少年でしたが、やがてまた歩きはじめました。
 本当は少し嫌な気分になっていましたが、そうするしかないんだと思いました。

 さらに行くと突然、操車場は終わりました。

 たくさん並んでた線路は古い線路を三角形に曲げた車止めと白と黒の標識で終点になり、その先には草むらしかありませんでした。
 その中で少年の歩いてゆく線路だけが、さらにその先へと草むらの中をカーブしながら延びていました。

 草を踏んで歩き続けます。

 やがて踏み切りが見えてきました。
 それは少年が最初に入り込んだ踏み切りに似ていましたが、遮断機が無かったので違う踏み切りだと解りました。

 少年が踏み切りの渡り板に足をかけた途端、黄色と黒のエックス型の標識を蝶ネクタイのように付けた一つ目の警報器が少年に言いました。
「ここが最後の踏み切りだけど、どうするね」
 真っ赤な一つ目に訊ねられた気味悪さで、少年が何も応えず通り過ぎようとすると、警報器がけたたましく鐘をならし始めました。
「ほらほら、皆さん、勘違いしちゃった子供が機関車のふりして通るよ。御注意、御注意」
 少年は俯いたままその踏み切りを通り過ぎました。

 やがて踏み切りの音が聞こえなくなりました。
 顔を上げると目の前に海が見えました。
 線路はコンクリートの突堤の先へと延びていました。
 その海に落ちそうな先端に、真っ黒な車掌車が一台止まっていました。
 片手で手すりをもって身を乗り出した車掌が、列車を誘導するように少年に手をこまねいていました。
 車掌のもとへと少年は近づいてゆきました。

 少年が何か言おうとするより早く、車掌が敬礼をしました。
「ご苦労様です」
「あの、僕は‥‥‥」
「やっはっは。お疲れでは御座いましょうが、これからしばらくはゆっくりできますよ。列車ごと連絡船に乗って、お好きなところへ参りますから、ナルヒコ号様は御休憩を」
「僕の名前を知ってるの」
「そりゃあもう、貴方のお胸に」
 少年が自分の胸を見ると、ぴかぴかに磨き上げられたずっしり重い金属のプレートに、燕のマークとNARUHIKOの文字が刻み込まれていました。
「さて、どちらに参りましょう」
「僕は‥」
「何ならお家に帰しましょうか」
 訊かれた少年は首を振りました。

 やがて沖に見えた連絡船は白とオレンジの塗り分けで随分立派でした。
 でもしばらくして接岸すると、その船は思っていたほど新しくも大きくもありませんでした。
 フェリーボートのような大きな扉が開くと、船の中にも線路が延びていました。
「船に乗るとどうなるの」
 少年が訊くと車掌は少し困った顔になりました。
「どうなるかは知りません。でも昨日よりは色々が随分よくなるはずなんです」

 少年が乗り込むと扉が閉まり、出港の汽笛が鳴りました。

 船のデッキに出たいと思いましたが、機関車は船内の線路から離れることはできません。
 車掌が船の舷側に付いた丸い窓を開いてくれました。
 いつの間にか時刻は夕方になっていて、港の明かりがひとつ、またひとつと灯りながら、どんどん小さくなってゆきました。

………………


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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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