「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

頂上の松

樹齢百年とか二百年とかいう盆栽を見るとくらくらします。

20070806161848.jpg

それを残酷だと思えるほど樹木に愛情深く接しているわけでも、想像が巡らせるわけでもありませんが、大地で200年生きるのに比べると、そいつはずいぶん退屈な人生なんだろうなぁと思います。

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チョウジョウノマツ


 朝からよく晴れた日でありました。

 ですがいつになく雨の多かったその年、伏鉢山では何度も地滑りが起きて、頂上に生えていた古い大きな松の樹は危うい事になっていました。樹の下の地面が半分ばかりえぐられたように滑り落ちてしまったために、大きく張った根の半分が空しく中に突き出して、残る根っこの張りだけで、辛うじて松はそこに留まっていたのです。
 その松の大木に巣を掛けていたカケスの親は、宿りの樹に最後の時が来るその前に、何とか雛達を巣立ちさせようと懸命の子育てに追われていました。

「松さん松さん、あと三、四日、落ちずにいてくださいね」

 カケスの親はえさ集めの合間に歌うように松に話しかけていました。
 二羽の雛もエサをせがむ合間の時に親の声を真似たのか「松さん松さん落ちないで」と、やはり歌うようにさえずっていました。
 しかしカケスの親子がどんなに願った所で、もうひと雨、強い降りの日があったなら、松の下の地面は崩れてしまうでしょう。また雨が無ければ無いで、むき出しの山肌は乾いて、ほろほろと風にさえ崩れて行くのです。

 松は何も言いませんが静かに考えていました。
……この子達を巣立たせるのが儂の最後の仕事になるのじゃろうな。しかし、今回だけは儂の力ではどうにもならん。残る根っこで突っ張って、中に浮いた根っこを何とか残る地面に届かせようと、急ぎに急いでひげ根をば伸ばしているのじゃが、カケスの目にはとても動いては見えまいな……

 夏の山風が吹き抜けて松の尖った葉先をさらさらと揺らします。

……いい風じゃ。しかし怖い……
 松は動物には感じられない遅い動きで、身をすくめました。

……歳をとるとどうにも気が小さくなっていかん。儂は何百年、数えきれないほどの実を付けて、撒き放題に種を蒔いて来たんじゃないか。だからして思い残すことなどもう無いのじゃが、それに引き換え、カケスの雛は今日昨日に生まれたばかり。巣立ちも叶わず落ちるとあっては不憫でたまらぬ。しかし大樹と信じて頼ってくれたというに、大地を半分無くしてしもうては、岩角の若木にも劣る頼りの無さじゃのう……

 松は自分がまだ若木であった頃の事を思い出しました。

……そう、風の強い山頂の岩のてっぺんの窪みに根づいて、儂は育ったんじゃ。水なんぞ、ほんの少ししかありゃせんかった。しかし乾いても吹き飛ばされそうになっても、耐えて耐えて。周りの若木がすくすく延びる中、儂は何とか、もっとしっかりと根を張ろうと、幹を太らせる事も伸ばすこともせず、岩のすき間に、そして遂には岩をぐるりと取り巻くように根を伸ばしたんじゃ。それはもう長い長い時間がかかったのう。大風が来るたびに、先に幹を伸ばした周りの木は倒れて行ったが、儂は残った。山頂で延びては倒れる仲間の樹を見送りながら、いつしか儂はこの山で一番の大木となったのじゃ……

 松の木はふと思いました。
……そう言えば儂が最初に根づいた、あの大きな岩はどうなったのじゃろうか……

 古い松はその在り処を探ってみました。するとその岩は中に浮いた根っこが抱いたままになっていて、その重さが松の安定をことさらに危うくしているのだと解りました。

 松は考えました。
……歳をとって勇気も気力も無くなるが、増えるのは知恵じゃ。考えよ。考えよ。他にも何か、老いてこそ得るものは無いか、考えよ考えよ……
 松は静かに考え続けました。

 そして真夏の西日を受けて、山があかね色に染まる頃、その考えが良いところに行きました。
……よしよし、いいな。いい考えじゃ。年寄りは何にも増して、もろい。若木には考えられんほどのもろさが、儂にはある……

 自分のやるべきことを定めると、松は身体の中の水の巡りをかえて行きました。

 翌日もカケスの親子は歌っていました。
「松さん松さん、あと二、三日、落ちずにいてくださいね」
「松さん松さん落ちないで」
「松さん松さん落ちないで」
 古い松はその歌に黙って応えていました。

 ところがその日の昼過ぎから雨が強く降り出したのです。
 むき出しの山肌の土が泥水になって、松の樹の下の土を少しづつ削って流れて行きました。
 雨は降り止まないまま陽が暮れると、夏の嵐のように強い風までが吹き始めました。


 その夜、山頂の松の木は、ただ事ではない大きな音を立てて揺れ動きました。
 カケスの親子は真っ暗闇の嵐の中ではどうする事も出来ず、必死の思いで自分達の巣にしがみついていました。


 夜半を過ぎた頃、雨は上りました。
 そして真っ赤な朝焼けとともに、東の空からは真夏の太陽が昇って来ました。

 カケスの巣はまだ無事に松の木の枝にありました。そして松の樹もやはり山頂にありましたが、その姿は昨日までとはまったく違ってしまって居たのです。

 松の大木は真中から真っ二つに断ち割られたように、半分だけになってしまっていました。
 残りの半分の松は根っこに岩を抱いたまま、斜面を滑り落ちてふもとに倒れていました。

……思うたより上手くいったのは、松食い虫や羽アリどもが散々儂の体を食い荒らしてくれたお陰かもしれん。しかしもろいというのも、なかなかいいものじゃ。お陰でカケスの巣立ちが見られるようになりよった……
 松は最後の仕事をやり終えたつもりでいました。

 でも実際にはそうはなりませんでした。

 翌年、翌々年と天候は順調で山頂の崩れはそれ以上に酷くはならず、山肌には下草が茂り初めて山は落ち着いていました。身体の半分を失った松の木はすっかり衰え、勢いを失ってはいましたが、それでも春には細々と若葉を出していました。樹皮を大きく失った幹は雨風に晒されて、腐ってウロが出来ていましたが、その中ではフクロウの雛が二羽育っていました。

 松の木は思いました。
……儂の体の半分はどうしたろうな……

 麓に落ちた松の片割れは枯れて腐ってしまいましたが、その真中にある大きな岩の上では新しい松の若木が育ち初めていました。

…………………


コメント

こういったお話、ほんとうに巧いですね。
どこかの地方の昔話だと言われたら、信じちゃいますよ。
そういえば、うちの軒下の外壁に、今年はツバメが3ヶ所も巣を作って、7月の終わりまでに10匹ほどの子供が巣立ちました。
――あいつらの出身地は我が家( ´∀`)
さすがに建物は、お話の松みたいにはなりませんでしたが(笑)
カラスの襲撃にはヒヤヒヤしました。

こんにちは火群さん。

お話を書く時に何とかして「自分がこれを書きました」という主張を薄めて、その物語が「昔からそこにあった」ように描きたいと常々思っていますので、何処かの民話みたいだなんて言っていただけると、本当に嬉しくなってしまいます。

現在マンション暮しの僕には、いつか軒下にツバメが巣を掛けてくれる家に住むのが夢だったりしますので、毎年ツバメが訪れてくれて子育てをする火群さんのお家、素敵でうらやましいです。
今年も十羽もの雛の巣立ちを見送れたなんて、本当に幸せですね。

最近、都会ではカラスの人間に対する警戒心が薄れて来て、軒先の巣も安全とは言い切れなくなって、屋内に巣作りをするツバメが増えはじめているとか少し前に新聞記事で読みました。それはそれで楽しそうですが、昔のように戸口を開けっ放しには出来なくなった今だと、ツバメの通り道の工夫が大変そうです。

お久しぶりです。
「松は身体の中の水の巡りをかえて行きました」という表現に意表を衝かれました。
松が持っている能力はわずかなものでも、その能力を最大限発揮することで自分の身の回りの世界を変えることができたのですね。
欧米とは違う、日本人独特の自然観がよく現れている作品だと思いました。

こんにちはナオさん。
コメントありがとうございます。

言葉だけで出来事を大きく動かそうとすると、何かアイデアに近いような発想が欲しくなります。
日々の観察の中でふと思ったり感じたりしたことが、そのキーになる事が多いのですが、何しろ思い込みと独断が主ですから、言い切る時にはひやひやです。

もっともっと勉強しなければならないのですが、生まれついての怠け者なので、やる気は希薄です。
これじゃあ駄目だと解ってるんだけどなあ…

自己犠牲

お久しぶりです♪
生命のサイクルというものには始まりと終わりが必ずありますよね
自分が死んでも子孫を守るという一種あたりまえの道徳が薄れてきている
今日この頃・・・
松の木の自己犠牲には驚きましたが、今回もハッピーエンドで何だかホッとさせられました♪

植物にも知的能力があり「自分を好いてくれる人間」には好意を寄せたり
「主人を殺した犯人に反応するサボテン」などという話もあったように思います。

最近、植物という特異な生命体をつくづく「不思議だなぁ〜」と思うようになりました

じゅんでるさん、ほんと樹木は格好いいですね。

木の世界では百歳二百歳は洟垂れ小僧、五百を過ぎて一人前、千歳を迎えてやっと他の樹に意見が言えるとか、そんな事言ってたりするのでしょうか。
小枝が折れたらちょいちょいと樹液で塞いだり、周りの状況が変化したら陽当たりのいい方に葉っぱを多めに茂らせたり、そんな細かな日常を積み重ねながら何百年も生きて行くってどんな感じかな。

またまたそんなところで想像が広がります。

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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