大日本人を見た
映画館で見るかDVDが出てからにするか迷っていたけど「怪獣だっていうからやっぱり映画館だよ」というわけで、布施ホクテン座で遅まきながら見てきた。
上映が終わってから僕らは長い商店街を歩いて、住吉のラーメンを食べに行った。

「やっぱりあれちゃう、松ちゃんが結婚出来へん理由って」
「うん、あんだけ長いこと芸人続けてるのに、見てる人にほんのちょっとも優しい気持ちが持たれへんのやもん」
「無理からでも結婚したらええのに」
「せや、ちょっとぐらいは優しいならな、これから大変やん。キムも忙しなって浜田ともからんでるし、板尾かていよいよ大師匠に向かってまっしぐらやねんから」
「でもなあ、それが松ちゃんやねんなあ……」
住吉のラーメンはうどんのような極太麺で強烈な歯応え、スープは生醤油のように黒く、とんでもなく旨い。
いつでも旨い。生煮え感のある焼き豚も絶品。
それから二日が過ぎて「大日本人」は僕の中で名画への道を歩き始めた。
戦場のメリークリスマスも地獄の黙示録もどですかでんも数日かけて僕の名画になった。
見終わった時に「ああいい映画だったな」と思った映画はすぐに忘れて記憶には残らない。映画を見ながら感動しそのまま名画にったのは、ジブリの高畑作品ホーホケキョ隣の山田君だけだった。
あと、ほたるの墓は野坂先生と高畑勲だから別格。
大日本人は冒頭、目も眩むような美しい映像の長回し。
数秒のうちに観客は凄まじい力で映画の中へと引き込まれて行く。
「いや、松ちゃん、本気や…これ……」
その後もワンショットが数分間に渡る、易くは形容しがたいほどビューティフルな長回しが連続して続き、ただもう、うっとりと映画に見入ってしまうのである。
※この先を読むと映画のストーリーがほとんど解ってしまうので、まだ知りたく無いという方はご注意。
主人公の松ちゃん扮する大日本人は、遥か昔にブームの過ぎ去った巨人ヒーローの最後の後継者。
人気は激しく低迷し、無関心を過ぎてもなおそこにある存在の不快さがやがて市民からのバッシングへと変化し、ひっそりと暮す彼の家には心無い落書きや投石が絶えない。
怪獣は意味なく時々現れ、大日本人はその怪獣を倒すため巨大化して戦うが、それを支持している人達は居ない。
みんな飽き飽きしているのだ。
それでも伝統を守るためという、希薄になりがちなモチベーションを抱いて戦い続ける大日本人なのだが、実際に彼を動かしているものもまた、単なる惰性なのかも知れない。
この映画の怪獣達とヒーローである大日本人の造形と存在感は素晴らしい。
長らく円谷怪獣のセオリーから脱却出来なかった日本の怪獣デザインに、良い意味での下品さとアンバランス感を与え、21世紀に相応しい新たな怪獣の姿を出現させた。
怪獣映画ファンとしては怪獣が現れるシーンだけでも映画として100点を差し上げたい。
そして造形と動きだけに止まらず、ヒーローにさらに大きな魅力を加えているのが、数日をかけて大日本人が怪獣サイズから収縮する過程において、中途半端な巨体の彼が巨大化のハイテンションからの急落で「鬱」に苦しむシーン。
その落差の凄まじさを感じさせて、あまりにも切ない。
と、ここまで書いただけでも傑作だと思う人は多いと思うけど、本当にスゴイのはこの先、延々と続く怪獣との激闘、その度に盛り上がる市民からのバッシングの嵐の、そのさらに先にある。
後半、宮迫扮する強敵が現れる。
赤鬼である。
その顔が恐ろしい。
サカキバラの悪夢を蘇らせるシャレにならない顔である。
大日本人の力ではまったく太刀打ちできない。
なので彼は逃げ出す。
大日本人に残る身内は、お爺ちゃんである四代目大日本人その人だけである。
認知症が進行し施設に預けられているが、松ちゃんは彼の元にあしげく通っている。
二人は強い絆で結ばれているのだ。
ところがその四代目が勝手に巨大化し施設を抜け出し、街を徘徊するようになって、それが社会問題となってしまう。
ますます強まる大日本人バッシング。
大日本人は一応、防衛庁の協力者として関係を結んでいるのだが、あまりの大日本人の不人気ぶりと四代目問題に頭を悩ませた防衛庁は、最近の対戦の中では人気の高かった赤鬼戦を画策し、対戦を避ける大日本人の寝込みを襲い無理やりに巨大化させる。
可愛いがっていた猫とともに巨大化した大日本人は、勝ち目の無い戦いへと向かう事となる。
しかし赤鬼はやはり圧倒的に強い。
シャレにならない奴相手にお笑いが勝てるわけがない。
逃げ惑う、大日本人。
そこに颯爽と登場した四代目。
馬場さんを彷彿とさせるストロングスタイルで赤鬼に立ち向かう。
しかし善戦空しく、倒された四代目は瀕死の状態。
この後の展開を予想するのは簡単ですね。
お爺ちゃんと力を合わせ、可愛いがっていた猫も味方に、強敵に打ち勝つ。
あるいはシニカルに、それでも力及ばず敗北でもいい。
とにかく感動大作のヨカーン!!
ところが、ここからが松ちゃんの本領発揮なんです。
あんなに慕っていた四代目のピンチを見ても、大日本人は助けようとするどころが、それをチャンスに逃げようとする。
そこからは松本人志の笑いの根源である「小心者の逃走」が、かつてないスケールで展開される!
大日本人は恥も外聞もなく、もう闇雲に逃げて逃げて、逃げまどい、揚げ句の果てに一番大切なはずの瀕死の爺ちゃんを蹴り飛ばし、遂には息の根を止めてしまう。
それでも、さらに逃げる大日本人。
そして松本人志大日本人はとうとう映画の外へと逃げ出し、画面はチープなコント仕立てのステージへと変わる。そこには見ず知らずのアメリカンヒーローが居て、ぐずぐずの暴力系コントで赤鬼を攻撃。
最初はお愛想で笑っていた観客がうんざりとして、場内が静まり返る頃、ようやく下らない決め技で赤鬼は退治される。
結局大きくなった猫も出ず仕舞い。
多分映画を投げ出し、オチを捨てた罰として、大日本人はその初めて逢った知らないヒーローの家に連れて行かれ、気まずい夕食のテーブルに付きあわされる。
やがて始まるいつものコントスタイルによる、ヒーロー一家のダメ出し反省会、そしてケンカ。
それがまた延々と、ただもうぐずぐずだらだらと、いつまでもいつまでも。
もう誰一人笑わなくなって、場内に明かりが点いた。
類型から、そして観客から松本人志は逃げ去った。
途中までの映画の素晴らしさなど、たぶん場内の皆は忘れ果てていた。
名画だと確信しながら書いてたけど、最後まで書くとまた解らなくなりそう。
最初の怪獣「絞るの獣」の「海原はるか」さんは僕らの町内の人です。
近所の立飲み屋や路地でよくお見かけします。
普段のはるかさんの髪はあんなにふわふわしてなくて、お酒を飲んでうっすらと汗をかいた額にぺったりと張り付いた感じです。
松竹のはるかさんを起用した吉本の松本。
登場人物は悪人も善人もみんなペット飼ってたし、孤独だし。
よし。松本人志、観客なんかなんぼ裏切ってもええ、許す。
これぞ本芸ど真ん中。
ほんま格好ええ!
「大日本人」名画、認定!
※何様のつもりというご批判はごもっともですが、本文は正しく関西人的スタンスで書かれています。
上映が終わってから僕らは長い商店街を歩いて、住吉のラーメンを食べに行った。

「やっぱりあれちゃう、松ちゃんが結婚出来へん理由って」
「うん、あんだけ長いこと芸人続けてるのに、見てる人にほんのちょっとも優しい気持ちが持たれへんのやもん」
「無理からでも結婚したらええのに」
「せや、ちょっとぐらいは優しいならな、これから大変やん。キムも忙しなって浜田ともからんでるし、板尾かていよいよ大師匠に向かってまっしぐらやねんから」
「でもなあ、それが松ちゃんやねんなあ……」
住吉のラーメンはうどんのような極太麺で強烈な歯応え、スープは生醤油のように黒く、とんでもなく旨い。
いつでも旨い。生煮え感のある焼き豚も絶品。
それから二日が過ぎて「大日本人」は僕の中で名画への道を歩き始めた。
戦場のメリークリスマスも地獄の黙示録もどですかでんも数日かけて僕の名画になった。
見終わった時に「ああいい映画だったな」と思った映画はすぐに忘れて記憶には残らない。映画を見ながら感動しそのまま名画にったのは、ジブリの高畑作品ホーホケキョ隣の山田君だけだった。
あと、ほたるの墓は野坂先生と高畑勲だから別格。
大日本人は冒頭、目も眩むような美しい映像の長回し。
数秒のうちに観客は凄まじい力で映画の中へと引き込まれて行く。
「いや、松ちゃん、本気や…これ……」
その後もワンショットが数分間に渡る、易くは形容しがたいほどビューティフルな長回しが連続して続き、ただもう、うっとりと映画に見入ってしまうのである。
※この先を読むと映画のストーリーがほとんど解ってしまうので、まだ知りたく無いという方はご注意。
主人公の松ちゃん扮する大日本人は、遥か昔にブームの過ぎ去った巨人ヒーローの最後の後継者。
人気は激しく低迷し、無関心を過ぎてもなおそこにある存在の不快さがやがて市民からのバッシングへと変化し、ひっそりと暮す彼の家には心無い落書きや投石が絶えない。
怪獣は意味なく時々現れ、大日本人はその怪獣を倒すため巨大化して戦うが、それを支持している人達は居ない。
みんな飽き飽きしているのだ。
それでも伝統を守るためという、希薄になりがちなモチベーションを抱いて戦い続ける大日本人なのだが、実際に彼を動かしているものもまた、単なる惰性なのかも知れない。
この映画の怪獣達とヒーローである大日本人の造形と存在感は素晴らしい。
長らく円谷怪獣のセオリーから脱却出来なかった日本の怪獣デザインに、良い意味での下品さとアンバランス感を与え、21世紀に相応しい新たな怪獣の姿を出現させた。
怪獣映画ファンとしては怪獣が現れるシーンだけでも映画として100点を差し上げたい。
そして造形と動きだけに止まらず、ヒーローにさらに大きな魅力を加えているのが、数日をかけて大日本人が怪獣サイズから収縮する過程において、中途半端な巨体の彼が巨大化のハイテンションからの急落で「鬱」に苦しむシーン。
その落差の凄まじさを感じさせて、あまりにも切ない。
と、ここまで書いただけでも傑作だと思う人は多いと思うけど、本当にスゴイのはこの先、延々と続く怪獣との激闘、その度に盛り上がる市民からのバッシングの嵐の、そのさらに先にある。
後半、宮迫扮する強敵が現れる。
赤鬼である。
その顔が恐ろしい。
サカキバラの悪夢を蘇らせるシャレにならない顔である。
大日本人の力ではまったく太刀打ちできない。
なので彼は逃げ出す。
大日本人に残る身内は、お爺ちゃんである四代目大日本人その人だけである。
認知症が進行し施設に預けられているが、松ちゃんは彼の元にあしげく通っている。
二人は強い絆で結ばれているのだ。
ところがその四代目が勝手に巨大化し施設を抜け出し、街を徘徊するようになって、それが社会問題となってしまう。
ますます強まる大日本人バッシング。
大日本人は一応、防衛庁の協力者として関係を結んでいるのだが、あまりの大日本人の不人気ぶりと四代目問題に頭を悩ませた防衛庁は、最近の対戦の中では人気の高かった赤鬼戦を画策し、対戦を避ける大日本人の寝込みを襲い無理やりに巨大化させる。
可愛いがっていた猫とともに巨大化した大日本人は、勝ち目の無い戦いへと向かう事となる。
しかし赤鬼はやはり圧倒的に強い。
シャレにならない奴相手にお笑いが勝てるわけがない。
逃げ惑う、大日本人。
そこに颯爽と登場した四代目。
馬場さんを彷彿とさせるストロングスタイルで赤鬼に立ち向かう。
しかし善戦空しく、倒された四代目は瀕死の状態。
この後の展開を予想するのは簡単ですね。
お爺ちゃんと力を合わせ、可愛いがっていた猫も味方に、強敵に打ち勝つ。
あるいはシニカルに、それでも力及ばず敗北でもいい。
とにかく感動大作のヨカーン!!
ところが、ここからが松ちゃんの本領発揮なんです。
あんなに慕っていた四代目のピンチを見ても、大日本人は助けようとするどころが、それをチャンスに逃げようとする。
そこからは松本人志の笑いの根源である「小心者の逃走」が、かつてないスケールで展開される!
大日本人は恥も外聞もなく、もう闇雲に逃げて逃げて、逃げまどい、揚げ句の果てに一番大切なはずの瀕死の爺ちゃんを蹴り飛ばし、遂には息の根を止めてしまう。
それでも、さらに逃げる大日本人。
そして松本人志大日本人はとうとう映画の外へと逃げ出し、画面はチープなコント仕立てのステージへと変わる。そこには見ず知らずのアメリカンヒーローが居て、ぐずぐずの暴力系コントで赤鬼を攻撃。
最初はお愛想で笑っていた観客がうんざりとして、場内が静まり返る頃、ようやく下らない決め技で赤鬼は退治される。
結局大きくなった猫も出ず仕舞い。
多分映画を投げ出し、オチを捨てた罰として、大日本人はその初めて逢った知らないヒーローの家に連れて行かれ、気まずい夕食のテーブルに付きあわされる。
やがて始まるいつものコントスタイルによる、ヒーロー一家のダメ出し反省会、そしてケンカ。
それがまた延々と、ただもうぐずぐずだらだらと、いつまでもいつまでも。
もう誰一人笑わなくなって、場内に明かりが点いた。
類型から、そして観客から松本人志は逃げ去った。
途中までの映画の素晴らしさなど、たぶん場内の皆は忘れ果てていた。
名画だと確信しながら書いてたけど、最後まで書くとまた解らなくなりそう。
最初の怪獣「絞るの獣」の「海原はるか」さんは僕らの町内の人です。
近所の立飲み屋や路地でよくお見かけします。
普段のはるかさんの髪はあんなにふわふわしてなくて、お酒を飲んでうっすらと汗をかいた額にぺったりと張り付いた感じです。
松竹のはるかさんを起用した吉本の松本。
登場人物は悪人も善人もみんなペット飼ってたし、孤独だし。
よし。松本人志、観客なんかなんぼ裏切ってもええ、許す。
これぞ本芸ど真ん中。
ほんま格好ええ!
「大日本人」名画、認定!
※何様のつもりというご批判はごもっともですが、本文は正しく関西人的スタンスで書かれています。
コメント
大日本人
見てあまりの不快さに飲んでノンケ飲まれてノンケの百万人の河島英語ばりに悪酔いだあ。コントと獣映画と一緒くたにするな。初監督は言い訳にならんぞ。全体的に不自然。テレビと映画の差がモロに出たよ
排便は肛門のストレッチ
松本のもともとの世界観が旧く運命呪縛的だ。笑いにしては大日本人は暗く、獣映画にしては。とにかく中途半端な映画と思うよ
最近は更新どころかチェックさえしていないこんな所にコメント頂き
本当にありがとうございます。福田さん。
ごもっとなご感想だと思います。
未完成感ありありのテイストで笑えるかどうかも曖昧。
だいいち観客をどうしたいのかがよくわからない。
多分普通にこの作品を褒めている人がいるなら、それは配給会社か
ヨシモト関係者ではないかと思うぐらいなのですが
ただ面白かったか面白くなかったかと聞かれれば
僕としてはやっぱり面白かったと思います。
怪獣映画としてどうかといえば余計なものが多すぎるし
コント映画としてみればお笑いがなさ過ぎる。
でも最終的に僕はこの映画を私小説としてと楽しんでしまいました。
共感を期待するわけでもない、こんなに私的なものに
莫大なお金と労力をつぎ込み、観客までもを動員できるイベントはほかに思い当たりません。
その部分の面白さでは今年見た映画の中で群を抜いていました。
この映画で松本人志は思いのほか素直でいい人なんだなということもわかった気がしますし、感動してしまうシチュエーションもたくさんありました。
でも「酷い映画じゃないか、金返せ」と怒り出したお客さんをなだめる何の心遣いもない映画であるのは確かですよね。
本当にありがとうございます。福田さん。
ごもっとなご感想だと思います。
未完成感ありありのテイストで笑えるかどうかも曖昧。
だいいち観客をどうしたいのかがよくわからない。
多分普通にこの作品を褒めている人がいるなら、それは配給会社か
ヨシモト関係者ではないかと思うぐらいなのですが
ただ面白かったか面白くなかったかと聞かれれば
僕としてはやっぱり面白かったと思います。
怪獣映画としてどうかといえば余計なものが多すぎるし
コント映画としてみればお笑いがなさ過ぎる。
でも最終的に僕はこの映画を私小説としてと楽しんでしまいました。
共感を期待するわけでもない、こんなに私的なものに
莫大なお金と労力をつぎ込み、観客までもを動員できるイベントはほかに思い当たりません。
その部分の面白さでは今年見た映画の中で群を抜いていました。
この映画で松本人志は思いのほか素直でいい人なんだなということもわかった気がしますし、感動してしまうシチュエーションもたくさんありました。
でも「酷い映画じゃないか、金返せ」と怒り出したお客さんをなだめる何の心遣いもない映画であるのは確かですよね。
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