野原の機械
どうしてこんな所にこんなモノがって思う廃棄物に時々出会います。

僕が今までで一番驚いたのは、大阪府の南の方の森の中で見た朽ちかけた漁船の群れでした。薄暗い静かな森の木々の間にびっしりと何十隻もの青白い廃船がこちらを向いて捨てられていたその様子。
背筋がぞくぞくと寒くなりました。
絶対何か居ると逃げ出しました。
「続きを読むで」お話を読んでください。
ノハラノキカイ
草むらの真ん中に赤く錆びた大きな機械がありました。
それはトラックなどよりよほど大きくて、変わった趣味の建築家が建てた前衛的な建物のように見えたりもしていましたが、邪魔で得体の知れないものだと感じて機械がそこに有る事を嫌っている人も少なからず居りました。
でもその古い機械は誰かがここに運んできて捨てていったというようないい加減な素性のものではありません。この一帯が船のエンジンや装置を作る重工業の工場であった頃に、機械は今置かれているこの場所で大勢の技術者の手によって組み立てられ、巨大な鉄の塊を精密に削る仕事を何十年も黙々と続けてきたのです。
でも時代が変わり、その大きな工場が事業を畳んでしまいうと、周りにあった工場の建物はすっかり取り壊され、ほとんどの生産設備は世界中の様々な場所へと売られてゆきました。しかしこの機械だけはあまりに古くて大きかったために買い手が着かず、また解体も簡単ではなかったために、こうして何もなくなった広場の真ん中に寂しくぽつんと残されたのです。
今のところはこの工場の跡地を何かに利用するような計画はなく、空き地には草が茂り放題になっていて、その錆びた大きな機械に近付こうとする人は居りませんでした。
二
いつものように牛乳配達人にうるさく吠えていた柴犬のユウタは、配達人をもっと驚かせてやろうと、自分の小屋まで一旦下がって勢いを付けて、鎖を鳴らしながら何度も道路に飛び出しては吠え散らしていました。
ところが何度目かに足がもつれてユウタは転んでしまいました。
毎回ぴんと鎖が伸び切ったところで、わんわんと吠えていたのに、首にいつもの張りが無く、飛び出しすぎて慌ててしまい、踏ん張りのタイミングがおかしくなってしまったのです。
吠えるのを止め、間の抜けた顔でその場に座り直したユウタでしたが、そこがいつもの場所ではなく何故か道の真ん中である事に気が付きました。
鎖を掛けて柱に打ち付けてあった釘が、抜けてしまっていたのです。
しばらくはそれがどういう事か解らず、ユウタは臭いを嗅ぎながら家の周りをうろうろと廻っていましたが、自分が何処へでも自由に行けるようになっている事に気が付くと嬉しくなって鎖を引きずったまま走り出しました。
そしていつの間にかユウタは家から遠く離れてしまいました。
飼い主はユウタがいなくなった事に気が付いて探しました。ですが鎖を引きずったまま走って行く犬を見たと言う人は何人か居たものの、どこを探しても見つかりませんでした。
飼い主はお椀にユウタの好物の食パンやビスケットを入れて待っていましたが、いつまで待っても犬は戻ってきませんでした。
三
ある日、野原の機械の近くに住む人達の間で、おかしな噂が広まりました。
あの大きな機械が夜な夜な勝手に動いていると言うのです。
大人達は馬鹿げたことだとは取りあいませんでしたが、子供達の間でそれは格好の怪談話となりました。
そしてある日の夕方、まだ早い時間、公園にいた子供達だけでその真相を確かめに行こうと言う事になりました。
一人の中学生と十人ほどの小学生で即席の探検隊を組織すると皆は連れ立って広場へと向いました。歩きながら、噂についてそれぞれが知っていることを話していましたが、子供達の中に実際、自分が物音を聞いたと言う子供はいませんでした。
やがて広場に到着して子供達はあらためて錆びついた大きな機械を眺めます。冒険だ冒険だなどと無邪気に騒いでいる子もいましたが、機械の方がこちらを睨んだような気がして、薄気味悪くて顔を上げられない子供もいました。
「暗くならないうちに行くぞ」
中学生の声を合図に、体の大きな四年生を先頭にした子供達の一団は、草むらに付いた僅かな踏み跡をたどって、棒で草を分けながら機械の方へと歩き始めました。
草むらを進む間、蜘蛛が出たとか、トカゲだ、キリギリスだと騒いでいた子供達でしたが、機械にいよいよ近づきそれが頭の上に覆いかぶさるほどの大きさに感じられるようになると、口数が少なくなってゆきました。
そのうち一番後ろから着いてきていた子供が不意に立ち止まると、耳の後に手をやりながら言いました。
「いま、ギューイって」
棒を振り回しながら元気よく先頭を進んでいた男の子は、その声に身を屈めるとおどおどと振り返りました。
「ほ、本当か‥‥」
聞こえたと言い出した子はさらに耳を澄ます様子で何も応えませんでした。
一人だけ居る中学生が言いました。
「俺には何も聞こえなかったな、まっ、もう少し近付けばはっきりするって」
後ろに下がった男の子に替わって、その中学生が先頭を進んでその後その後に固まるようにしながら子供達は着いて行きました。
やがて機械のすぐ前にまで近付いて草に隠れていた機械の下の部分が見えてくると、それが鉄骨を組み合わせた複雑な形である事がわかりました。そして安全のためでしょうか、機械の隙間には古びた金網が張り巡らせてありました。
近くで見ると今にも歩き出しそうな巨大な錆の塊はものすごい迫力で、機械のあちこちを覗き込んで歩く中学生の様子を小学生の子供達は遠巻きに眺めていました。
胸の高さぐらいの草は遠くから見ていると柔らかそうで、機械を乗せた草の絨毯のように見えていましたが、実際こうして草むらの真ん中に立ってみると、むんむんとした草いきれが発する圧迫感は子供達を知らずのうちに緊張させていました。
やがて機械の向こうに廻っていた中学生が声を上げました。
「あれだあれだ、正体が判ったぞ」
子供達が駆け寄ると、中学生は機械の中を指差していました。
「ははは、原因はあいつだ、ワン公だったんだよ」
子供達が機械の奥の方を覗き込むと、薄暗い中で横たわった犬がいるのが見えました。中学生は「来い来い」と呼んでみましたが、犬は身動きが取れない様子で耳を少しだけ動かせただけでした。
「あいつ鎖が付いたままで逃げて、あの中で引っ掛かっちゃったんだな。それでヒューヒュー鳴いてたんだろ、その声がこの機械の中で反響して錆びた機械が動く音みたいになって聞こえたってわけだ」
「へー」と子供達が感心しました。
いちばん臆病そうに後ろから付いてきていた子供が言いました。
「あの犬はどうすれば助けてあげられるの」
「そうだなあ、この中には入っていけそうにもないし、じっくり考えないとなあ」
「でもあの音が聞こえだしたのはずいぶん前だよ。きっとあの犬は弱ってるよ」
「だけどなあ、古くてもこんなに頑丈に柵をしてあるんだから、簡単にはあそこに行けないさ。この隙間だって犬がやっと通れるかどうかだろ、助けるのは無理かも知れないな」
悲しい顔になって子供は黙ってしまいました。
「帰ったら大人に言ってみよう」
とにかく原因が解ったのだから帰ろうと言う事になって皆が歩きかけました。
すると突然、ギュイッと、錆びた機械の動くような音がしました。
皆が顔を見合わせ、犬の方を覗き見ましたが、犬に鳴いた様子はありませんでした。
そしてまた、ギュイッと機械の音が響きました。
驚いた皆が一斉に逃げ出そうとしました。
その瞬間、ギャギャギャアとものすごい音が鳴り響き、巨大な何かが落ちたような地響きがしました。
ほとんどの子供達はその場で尻餅を付いて腰を抜かしてしまいましたが、いちばん臆病そうに見えた子供だけはすぐに立ち上がると機械へと近付いて行きました。中学生は止めようと思いましたが、体に力が入らず、ただ口をぱくぱくとさせながらその様子を見つめました。
機械に近付いた子供は金網の隙間から手を差し入れると、ふらふらと近付いてきた柴犬を引っ張り出しました。
そして犬の首を抱き抱えるように手を回すと言いました。
「機械がこの子を助けてくれた」
どんな事が起ったのか判りませんでしたが、犬の首輪に付いた鎖は見事に断ち切られていました。
動力もなしにその機械が動いたはずはないし、また動いた形跡もないと調査をした専門家は言いましたが、犬を助けようとした機械が懸命に錆びた体を動かしたのだと、その場に居合わせた子供達は信じていました。
そして十年の年月が過ぎて、その広場が公園として整備される事になりました。
機械も解体される事に決定しました。
解体現場を見守っているのはすっかり大人になったあの時の子供達と、無事に家に戻って長生きをしていたユウタの姿でした。
そこに居た誰もがギャギャギャアというあの時の音がもう一度聞こえるかもしれないと思いながらその現場の様子を見つめていましたが、聞こえたのはバーナーの音とせわし気に動き回る建設機械の音だけでした。
クレーンが動くたび機械は少しずつ小さくなって、やがて姿を消しました。
……………

僕が今までで一番驚いたのは、大阪府の南の方の森の中で見た朽ちかけた漁船の群れでした。薄暗い静かな森の木々の間にびっしりと何十隻もの青白い廃船がこちらを向いて捨てられていたその様子。
背筋がぞくぞくと寒くなりました。
絶対何か居ると逃げ出しました。
「続きを読むで」お話を読んでください。
ノハラノキカイ
草むらの真ん中に赤く錆びた大きな機械がありました。
それはトラックなどよりよほど大きくて、変わった趣味の建築家が建てた前衛的な建物のように見えたりもしていましたが、邪魔で得体の知れないものだと感じて機械がそこに有る事を嫌っている人も少なからず居りました。
でもその古い機械は誰かがここに運んできて捨てていったというようないい加減な素性のものではありません。この一帯が船のエンジンや装置を作る重工業の工場であった頃に、機械は今置かれているこの場所で大勢の技術者の手によって組み立てられ、巨大な鉄の塊を精密に削る仕事を何十年も黙々と続けてきたのです。
でも時代が変わり、その大きな工場が事業を畳んでしまいうと、周りにあった工場の建物はすっかり取り壊され、ほとんどの生産設備は世界中の様々な場所へと売られてゆきました。しかしこの機械だけはあまりに古くて大きかったために買い手が着かず、また解体も簡単ではなかったために、こうして何もなくなった広場の真ん中に寂しくぽつんと残されたのです。
今のところはこの工場の跡地を何かに利用するような計画はなく、空き地には草が茂り放題になっていて、その錆びた大きな機械に近付こうとする人は居りませんでした。
二
いつものように牛乳配達人にうるさく吠えていた柴犬のユウタは、配達人をもっと驚かせてやろうと、自分の小屋まで一旦下がって勢いを付けて、鎖を鳴らしながら何度も道路に飛び出しては吠え散らしていました。
ところが何度目かに足がもつれてユウタは転んでしまいました。
毎回ぴんと鎖が伸び切ったところで、わんわんと吠えていたのに、首にいつもの張りが無く、飛び出しすぎて慌ててしまい、踏ん張りのタイミングがおかしくなってしまったのです。
吠えるのを止め、間の抜けた顔でその場に座り直したユウタでしたが、そこがいつもの場所ではなく何故か道の真ん中である事に気が付きました。
鎖を掛けて柱に打ち付けてあった釘が、抜けてしまっていたのです。
しばらくはそれがどういう事か解らず、ユウタは臭いを嗅ぎながら家の周りをうろうろと廻っていましたが、自分が何処へでも自由に行けるようになっている事に気が付くと嬉しくなって鎖を引きずったまま走り出しました。
そしていつの間にかユウタは家から遠く離れてしまいました。
飼い主はユウタがいなくなった事に気が付いて探しました。ですが鎖を引きずったまま走って行く犬を見たと言う人は何人か居たものの、どこを探しても見つかりませんでした。
飼い主はお椀にユウタの好物の食パンやビスケットを入れて待っていましたが、いつまで待っても犬は戻ってきませんでした。
三
ある日、野原の機械の近くに住む人達の間で、おかしな噂が広まりました。
あの大きな機械が夜な夜な勝手に動いていると言うのです。
大人達は馬鹿げたことだとは取りあいませんでしたが、子供達の間でそれは格好の怪談話となりました。
そしてある日の夕方、まだ早い時間、公園にいた子供達だけでその真相を確かめに行こうと言う事になりました。
一人の中学生と十人ほどの小学生で即席の探検隊を組織すると皆は連れ立って広場へと向いました。歩きながら、噂についてそれぞれが知っていることを話していましたが、子供達の中に実際、自分が物音を聞いたと言う子供はいませんでした。
やがて広場に到着して子供達はあらためて錆びついた大きな機械を眺めます。冒険だ冒険だなどと無邪気に騒いでいる子もいましたが、機械の方がこちらを睨んだような気がして、薄気味悪くて顔を上げられない子供もいました。
「暗くならないうちに行くぞ」
中学生の声を合図に、体の大きな四年生を先頭にした子供達の一団は、草むらに付いた僅かな踏み跡をたどって、棒で草を分けながら機械の方へと歩き始めました。
草むらを進む間、蜘蛛が出たとか、トカゲだ、キリギリスだと騒いでいた子供達でしたが、機械にいよいよ近づきそれが頭の上に覆いかぶさるほどの大きさに感じられるようになると、口数が少なくなってゆきました。
そのうち一番後ろから着いてきていた子供が不意に立ち止まると、耳の後に手をやりながら言いました。
「いま、ギューイって」
棒を振り回しながら元気よく先頭を進んでいた男の子は、その声に身を屈めるとおどおどと振り返りました。
「ほ、本当か‥‥」
聞こえたと言い出した子はさらに耳を澄ます様子で何も応えませんでした。
一人だけ居る中学生が言いました。
「俺には何も聞こえなかったな、まっ、もう少し近付けばはっきりするって」
後ろに下がった男の子に替わって、その中学生が先頭を進んでその後その後に固まるようにしながら子供達は着いて行きました。
やがて機械のすぐ前にまで近付いて草に隠れていた機械の下の部分が見えてくると、それが鉄骨を組み合わせた複雑な形である事がわかりました。そして安全のためでしょうか、機械の隙間には古びた金網が張り巡らせてありました。
近くで見ると今にも歩き出しそうな巨大な錆の塊はものすごい迫力で、機械のあちこちを覗き込んで歩く中学生の様子を小学生の子供達は遠巻きに眺めていました。
胸の高さぐらいの草は遠くから見ていると柔らかそうで、機械を乗せた草の絨毯のように見えていましたが、実際こうして草むらの真ん中に立ってみると、むんむんとした草いきれが発する圧迫感は子供達を知らずのうちに緊張させていました。
やがて機械の向こうに廻っていた中学生が声を上げました。
「あれだあれだ、正体が判ったぞ」
子供達が駆け寄ると、中学生は機械の中を指差していました。
「ははは、原因はあいつだ、ワン公だったんだよ」
子供達が機械の奥の方を覗き込むと、薄暗い中で横たわった犬がいるのが見えました。中学生は「来い来い」と呼んでみましたが、犬は身動きが取れない様子で耳を少しだけ動かせただけでした。
「あいつ鎖が付いたままで逃げて、あの中で引っ掛かっちゃったんだな。それでヒューヒュー鳴いてたんだろ、その声がこの機械の中で反響して錆びた機械が動く音みたいになって聞こえたってわけだ」
「へー」と子供達が感心しました。
いちばん臆病そうに後ろから付いてきていた子供が言いました。
「あの犬はどうすれば助けてあげられるの」
「そうだなあ、この中には入っていけそうにもないし、じっくり考えないとなあ」
「でもあの音が聞こえだしたのはずいぶん前だよ。きっとあの犬は弱ってるよ」
「だけどなあ、古くてもこんなに頑丈に柵をしてあるんだから、簡単にはあそこに行けないさ。この隙間だって犬がやっと通れるかどうかだろ、助けるのは無理かも知れないな」
悲しい顔になって子供は黙ってしまいました。
「帰ったら大人に言ってみよう」
とにかく原因が解ったのだから帰ろうと言う事になって皆が歩きかけました。
すると突然、ギュイッと、錆びた機械の動くような音がしました。
皆が顔を見合わせ、犬の方を覗き見ましたが、犬に鳴いた様子はありませんでした。
そしてまた、ギュイッと機械の音が響きました。
驚いた皆が一斉に逃げ出そうとしました。
その瞬間、ギャギャギャアとものすごい音が鳴り響き、巨大な何かが落ちたような地響きがしました。
ほとんどの子供達はその場で尻餅を付いて腰を抜かしてしまいましたが、いちばん臆病そうに見えた子供だけはすぐに立ち上がると機械へと近付いて行きました。中学生は止めようと思いましたが、体に力が入らず、ただ口をぱくぱくとさせながらその様子を見つめました。
機械に近付いた子供は金網の隙間から手を差し入れると、ふらふらと近付いてきた柴犬を引っ張り出しました。
そして犬の首を抱き抱えるように手を回すと言いました。
「機械がこの子を助けてくれた」
どんな事が起ったのか判りませんでしたが、犬の首輪に付いた鎖は見事に断ち切られていました。
動力もなしにその機械が動いたはずはないし、また動いた形跡もないと調査をした専門家は言いましたが、犬を助けようとした機械が懸命に錆びた体を動かしたのだと、その場に居合わせた子供達は信じていました。
そして十年の年月が過ぎて、その広場が公園として整備される事になりました。
機械も解体される事に決定しました。
解体現場を見守っているのはすっかり大人になったあの時の子供達と、無事に家に戻って長生きをしていたユウタの姿でした。
そこに居た誰もがギャギャギャアというあの時の音がもう一度聞こえるかもしれないと思いながらその現場の様子を見つめていましたが、聞こえたのはバーナーの音とせわし気に動き回る建設機械の音だけでした。
クレーンが動くたび機械は少しずつ小さくなって、やがて姿を消しました。
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