いちばん好きな先生のこと
夢のようないいことがありました。
大好きだった人に三十年ぶりに会えました。

なのに夢よりなおもどかしい事になってしまい、心が落ち着きません。
「続きを読む」で作文を読んでください。
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誰がそういうあだ名を付けたのか忘れたけれど、ジーラという先生が好きだった。
人間が並みはずれて薄情に出来ているのか古い記憶は何もかも不鮮明で、自分の恩師なんてものの事を思い出すことなどないけれど、高校時代の仲間と飲めば必ず当時の教師の話になる。
あまりに薄い記憶の彼方の話題に相槌を打ちながら、僕はその度ジーラのことを思い出していた。
とても強烈な印象が残る国語の女の先生。
よく通る大きな声と自分の信じる言葉の力だけで、あまり出来の良くない四十数人の生徒に向き合う、真正面の教師だった。
強さが好きだった。
必ず伝えようと力を込めた、乱暴なぐらいの饒舌さが好きだった。
だから覚えているはずだと思っていた。
先生方も大勢来てくれる、本式の同窓会というものに卒業三十年目にして初めて出席した。
会の始まる時間を間違えて四十分ほど遅刻をした。
挨拶や乾杯のセレモニーはとっくに終わっていて、既にパーティが始まっていた。
とりあえずは落ち着こうと、卒業後も何度か会ったりしていた友達と話しながら飲んで、時折、先生方の席をちらちらと見る。
へえ、なるほどなるほど。
みんな少しばかり歳を取ったかなと思うだけで、確かに見覚えのある顔ばかりだった。
だけどその中にただ一人だけ、誰だか解らない先生が居た。
小柄で大人しそうな、品のいい女の先生。
友達に「あの先生誰だっけ」と尋ねると、「なに言ってんの、増田先生じゃないの」と呆れ顔をされる。
「増田先生‥‥俺、習ってたっけ」
友達はますます呆れて「習ったに決まっているでしょう」と怒り気味。
しばらくして、先生方と話がしたいと貴賓席のテーブルに近づくと、その増田先生に声を掛けられた。
「遅刻してきたでしょう。さっき挨拶で、三十年前の貴方の作文を読んだのよ。とても高校生が書いたとは思えない素晴らしい文章だって褒めたのに、居なかったじゃないか」
えっ、僕の文章を三十年も持っていてくれて、それを褒めてくれたって‥‥
僕は突然の事に面食らいながらも、目の前の先生の事を思い出そうと必死だった。
増田先生‥‥
そんな先生居たっけか‥‥
僕はまだ気が付かなかった。
「みんなには作文を添削してすぐに返したけれど、この作文だけはとても気に入ったからずっと取って置いたのよ。だけど今日、返してあげる」
まったく記憶に無い作文だった。
でも赤々と添削された小学生並みの誤字脱字は紛れもなく自分の文章。
思いもかけない夢のような頂き物だった。
しばらく他の先生方とも話をしてからその席を離れ、少し落ち着いて返された文面を読んだ。
先生の授業に対する感想文のようだった。
読んでいるうちに笑ってしまった。
明治時代の政治家のような浪々とした声だとか、重要な言葉については短くなったチョークでガンガン黒板を叩いて粉を撒き散らすとか。
これじゃまるでジーラの授業じゃないか‥‥
そこでようやくはっとして友達に尋ねた。
「増田先生ってジーラ」
「そうに決まってるでしょうに」
ああ、そうだった。
ずっと会いたいと思っていた恩師と、この上は無いような素晴らしい再会をしていながら、僕にはその出来事が理解できていなかったのだ。勘違いというにはあまりにも酷い忘れぶりを先生に謝ろうとしたのだが、何一つうまく言うことは出来なかった。
残念で残念で仕方がない。
申し訳なくて申し訳なくて仕方がない。
遅刻しなくて、背を伸ばし自分たちに向き合う先生の姿を目にしていたら、きっとこんな事にはならなかっただろう。先生の授業が好きで科目の中で唯一眠らずに授業を聞いていたのに成績が2だったりした、当時以上に情けない気持ちになった。
翌朝、酔いがすっかり醒めてから、一番好きだったはずの先生の顔だけがなぜ解らなかったのかを考えてみた。
ベランダで朝の光を受けながら、結構真剣に考えたが答は出なかった。
うまく説明するための方便のようなものならいくつも思いついたが、それでまとめてしまうのは失礼だ。
ほんとうの答えは何時か解るのものなのだろうと勝手に宿題にした。
でも先生の事を考えていて、もっと大切な事に気が付いた。
成績にはまったく反映されなかったけれど、先生の教えてくれた二つの事が、確かに僕の心を作っているという間違いの無い事実。
ひとつは「言葉にはそれぞれ素晴らしい意味がある」ということ。
そして「言葉はそれそのものが力なのだ」ということ。
だから僕は今でも自分の文章を推敲するとき、ろくでもない場所に置かれて意味を失った言葉が居ないか、つまらない言い回しで言葉本来の力を奪ってはいないか、そればかりを気にかけている。
ただ小学生以下の誤字脱字はワープロやパソコンを使うようになっても健在だ。
劣等生は劣等生のまま、もう随分な歳になった。
「いつの日かまた、先生の生徒に戻りたいな‥‥」
よく晴れた日曜日の朝っぱら。
喉の所まで胸がいっぱいになってしまった。
大好きだった人に三十年ぶりに会えました。

なのに夢よりなおもどかしい事になってしまい、心が落ち着きません。
「続きを読む」で作文を読んでください。
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誰がそういうあだ名を付けたのか忘れたけれど、ジーラという先生が好きだった。
人間が並みはずれて薄情に出来ているのか古い記憶は何もかも不鮮明で、自分の恩師なんてものの事を思い出すことなどないけれど、高校時代の仲間と飲めば必ず当時の教師の話になる。
あまりに薄い記憶の彼方の話題に相槌を打ちながら、僕はその度ジーラのことを思い出していた。
とても強烈な印象が残る国語の女の先生。
よく通る大きな声と自分の信じる言葉の力だけで、あまり出来の良くない四十数人の生徒に向き合う、真正面の教師だった。
強さが好きだった。
必ず伝えようと力を込めた、乱暴なぐらいの饒舌さが好きだった。
だから覚えているはずだと思っていた。
先生方も大勢来てくれる、本式の同窓会というものに卒業三十年目にして初めて出席した。
会の始まる時間を間違えて四十分ほど遅刻をした。
挨拶や乾杯のセレモニーはとっくに終わっていて、既にパーティが始まっていた。
とりあえずは落ち着こうと、卒業後も何度か会ったりしていた友達と話しながら飲んで、時折、先生方の席をちらちらと見る。
へえ、なるほどなるほど。
みんな少しばかり歳を取ったかなと思うだけで、確かに見覚えのある顔ばかりだった。
だけどその中にただ一人だけ、誰だか解らない先生が居た。
小柄で大人しそうな、品のいい女の先生。
友達に「あの先生誰だっけ」と尋ねると、「なに言ってんの、増田先生じゃないの」と呆れ顔をされる。
「増田先生‥‥俺、習ってたっけ」
友達はますます呆れて「習ったに決まっているでしょう」と怒り気味。
しばらくして、先生方と話がしたいと貴賓席のテーブルに近づくと、その増田先生に声を掛けられた。
「遅刻してきたでしょう。さっき挨拶で、三十年前の貴方の作文を読んだのよ。とても高校生が書いたとは思えない素晴らしい文章だって褒めたのに、居なかったじゃないか」
えっ、僕の文章を三十年も持っていてくれて、それを褒めてくれたって‥‥
僕は突然の事に面食らいながらも、目の前の先生の事を思い出そうと必死だった。
増田先生‥‥
そんな先生居たっけか‥‥
僕はまだ気が付かなかった。
「みんなには作文を添削してすぐに返したけれど、この作文だけはとても気に入ったからずっと取って置いたのよ。だけど今日、返してあげる」
まったく記憶に無い作文だった。
でも赤々と添削された小学生並みの誤字脱字は紛れもなく自分の文章。
思いもかけない夢のような頂き物だった。
しばらく他の先生方とも話をしてからその席を離れ、少し落ち着いて返された文面を読んだ。
先生の授業に対する感想文のようだった。
読んでいるうちに笑ってしまった。
明治時代の政治家のような浪々とした声だとか、重要な言葉については短くなったチョークでガンガン黒板を叩いて粉を撒き散らすとか。
これじゃまるでジーラの授業じゃないか‥‥
そこでようやくはっとして友達に尋ねた。
「増田先生ってジーラ」
「そうに決まってるでしょうに」
ああ、そうだった。
ずっと会いたいと思っていた恩師と、この上は無いような素晴らしい再会をしていながら、僕にはその出来事が理解できていなかったのだ。勘違いというにはあまりにも酷い忘れぶりを先生に謝ろうとしたのだが、何一つうまく言うことは出来なかった。
残念で残念で仕方がない。
申し訳なくて申し訳なくて仕方がない。
遅刻しなくて、背を伸ばし自分たちに向き合う先生の姿を目にしていたら、きっとこんな事にはならなかっただろう。先生の授業が好きで科目の中で唯一眠らずに授業を聞いていたのに成績が2だったりした、当時以上に情けない気持ちになった。
翌朝、酔いがすっかり醒めてから、一番好きだったはずの先生の顔だけがなぜ解らなかったのかを考えてみた。
ベランダで朝の光を受けながら、結構真剣に考えたが答は出なかった。
うまく説明するための方便のようなものならいくつも思いついたが、それでまとめてしまうのは失礼だ。
ほんとうの答えは何時か解るのものなのだろうと勝手に宿題にした。
でも先生の事を考えていて、もっと大切な事に気が付いた。
成績にはまったく反映されなかったけれど、先生の教えてくれた二つの事が、確かに僕の心を作っているという間違いの無い事実。
ひとつは「言葉にはそれぞれ素晴らしい意味がある」ということ。
そして「言葉はそれそのものが力なのだ」ということ。
だから僕は今でも自分の文章を推敲するとき、ろくでもない場所に置かれて意味を失った言葉が居ないか、つまらない言い回しで言葉本来の力を奪ってはいないか、そればかりを気にかけている。
ただ小学生以下の誤字脱字はワープロやパソコンを使うようになっても健在だ。
劣等生は劣等生のまま、もう随分な歳になった。
「いつの日かまた、先生の生徒に戻りたいな‥‥」
よく晴れた日曜日の朝っぱら。
喉の所まで胸がいっぱいになってしまった。
コメント
お久しぶりです お元気ですか?
こんにちはお久しぶりです桑原さん。
いたって元気でいてますが、ここのところ少し忙しくしています。
また川のほうにも行こうと思っていますがもう少し先になりそうです。
いたって元気でいてますが、ここのところ少し忙しくしています。
また川のほうにも行こうと思っていますがもう少し先になりそうです。
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