「ゆめみるケモノ」

ちょっと不思議なお話や、お菓子にまつわるショートストーリーを掲載します。

2008-08

いらずの猫 五

自転車を盗られるとどうしてあんなに凹むのか。

PICT0303.jpg

子供のときのようにチャリンコ命じゃないし、それほど大切に扱っているわけでもないのに、何だか自分の半分ぐらいを持っていかれたような気がする。

どうしてかな‥‥

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 そうして三日目の朝、ようやく熱も下がりこれまでの深い眠りの息から、目覚めを誘う浅い息遣いへと、せんの容体が変わりました。
 いよいよ戻ってくれるかと、きぬはその顔を覗き込んでおりましたが、はたと自分の姿に気がつきました。

 見知らぬ娘、それも人やら猫やら解らぬものがそばに居ては、せんを無用に驚かせることになる。
 先のことはまた考えることとして、とりあえずは猫の姿に戻ることに決めました。

 空(くう)を掻き、きぬが猫の姿に戻ると程(ほど)なく、せんの眼が開きました。

 死神が去ったのですからせんの命が永らえることは解っていましたが、それでもほっとした思いで、きぬは枕元へと近づきました。

 眼を開いたせんはまだ気持ちが戻らぬのか、ぼんやりと天井を見つめておりました。
 きぬは静かに枕元に座って、せんが何かを話し始めるのを待っておりました。

 静かに時が流れ、雀の囀りだけが聞こえていました。

「たいへんたいへん、早く出してあげなきゃ」
 突然、大きな声でせんが云いました。

 きぬは驚きました。
 せんのそんな大声をこれまでに聞いたことがなかったからです。
 しかしそう云った後、せんがいきなり立ち上がりると、縁側へと駆け出したことになおのこと吃驚びっくりしました。

 履物もなしに庭におりたせんはふらふらとした足取りで庭蔵にわぐらへと向いました。
 きぬは慌ててその後を追います。

 しかし蔵と云っても蔵入りの上等な品があったのは遠い昔のことで、今では錠前を掛ける事もなく、ただ殻芥(がらくた)の置き場所となっておりました。

 重い扉を開けると蔵の中の湿った空気が流れ出しました。

 せんはその場にしゃがみ込みました。
 長く寝ついていて突然に立ち歩いたのだから無理もありません。

 目覚めた途端に人が変わってしまったかのようなせんの様子がきぬには心配でなりませんでしたが、猫の姿に戻ったこの身ではどうするわけにも行かず、その手足に自分の身体を強くすり付けるばかりでした。

 やがて顔を上げると、先程と同じ勢いでせんは倉の中に入って行きました。
 そして古い行李や手箱を手当たしだいに次々と開けて行きます。

「どこへ仕舞ったのかしら、もうすぐ、もうすぐなのに」
 まだおぼつかない足取りのきぬが転んでしまうことのないよう、きぬは先へ先へとまわりその足元に気を配っていましたが、せんはそんなことにも一向に気が回らない様子で一心に探し物を続けていました。

 やがてせんが、もうもうとした埃の中で大きな声を上げました。

「あったー」
 せんの手許には二体の古い人形がありました。
「可哀想にお雛さま。こんな所に仕舞われて」
 そう云いながら一頻ひとしきり人形の顔をなでさすった後、せんは両手にその人形を抱いて、来た時と同じふらつく足取りで寝所しんじょへと戻りました。

 そして布団の上に人形を向かい合わせに置くとそれをかかえるように寝ころび、小さな声で謡いはじめました。
 きぬが静かに寄り添いましたがせんはそれには気付かず、間もなく寝息を立て眠ってしまいました。

 これまでに見たことのない、心底安らいだようなせんの顔を見ながら、きぬは考えました。

‥‥おそらく、主人は惚(ほうけ)てしまわれたのだ。生き物は寿命が近づくに従いこの世との縁が遠くなり、時としてこの世に繋がりのない心持ちで最後の時を迎えることとなる。ましてや寿命間近の大病の後ともなれば、こうなることは避けられぬことかも知れぬ。まったく死に神のいう理ことわりこそ本来の命の有様(ありざま)なのだろう‥‥

‥‥すべては我が身の執着より起こったこと。ならばその命のある限り存分のお世話をするほかあるまい。しかし先程のあの様子、まるで童わらべのようではなかったか。あとわずか、わずか傍(そば)に居ることを望んでの行いであったのに、何とも遠くに引き離されたものだ‥‥

 きぬは眠ることもままならず、その寝顔を見つめておりました。


つづく

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長く続けて行くというのは決めているんですが、どれくらいの方に読んでいただけているのかと思うと、とにかく寂しいです。
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